第28話 美愛ニヤァ― ACT  3

終業のチャイムが鳴った。

「あぁ――ぁ、ようやく終わったよ」んっ、と椅子に座りながら背伸びをした。

自ずと映る教室の中の風景。


「ねぇねぇ、これからカラオケ行かない?」なんて言う誘いの声などはこの教室。いや多分この学校の生徒は口にしないだろう。

授業が終われば、部活に参戦している子達は真っすぐに移動する。そうでなければ、ほとんどの生徒は帰宅という行動に出る。

まぁ、中にはお迎えの車が来るのを少し待つ子もちらほら。私の様に電車で通学する生徒もいないわけではないが、この時間、真っすぐ帰宅する生徒の中では少数派の中に入る。


私立白百合学園高等部。ここに在籍している子達のほとんどが、令嬢と呼ばれるお嬢様たちばかりだ。よくもまぁこんなに、そんな人種が集まったものだと私は感心するが、自ずとこう言う人たちは、自分たちの繋がりよりも親たちの繋がりの方が濃い。かと言って、まったく交流がないという訳でもない。それなりの付き合いがあり、友達同士がいて、それなりの派閥が存在する。


親の序列がこの中でも見事、鏡の様に反映しているのが良く分かる。


何で私はこんな学校に入学したんだろう。今になって後悔の念が押し寄せてくる。両親が生きていた時はこれが当たり前の事だと思っていた。

中学までは公立の学校に通っていたが、高校はさすがに廻りからの影響も大きかったのだろう。両親からこの学校に入学するように勧められ、その意のまま私は進学した。


そして両親がこの世を去り、私の生活も、取り巻く環境も一変した。

およそ2か月間名目上は休学となっていた私が、また登校した時、クラスの子たちは私には何の関心も向けなかった。その気配さえ感じなかった。

まるで空気のような存在。居てもいなくても誰も何とも思わない存在。。それが今いる私の学校のクラスの中だ。


「さぁてと、買い物でもしていくかぁ」

声には出さず胸の中で呟きながら席を立ち、誰とかわす言葉もなく学校を後にした。

こう言う雰囲気に私は耐えられない……。という訳でもなく、この2か月間に得た何かが、それならそれでいいんじゃのか。という感情を芽生えさせ、気にも留めることさえない。あと、数か月もすれば、私はこの学校とも関係は切れる。そうなればこの人たちともいまさら、親しくなる必要も無いんだと割り切れる。


叔父さんの家からは、徒歩で通える距離だったけど、雄太さんのマンションからは電車で3駅の距離になる。

住まいが、学校から離れていることに不自由はない。むしろ、これくらい離れていた方が私としては心地いい? 心地いいという表現は何か違うかもしれないけど、今のこの生活が私にとって心地いいという事は間違いない。

電車を降りて、改札を抜けると陽の光がまぶしく私を包み込んだ。

もうじき夏がやってくるんだなぁ。

そんなちょっとしたワクワク感を感じながら、馴れ始めたこの町の中を歩き始める。


「今晩は何にしよっかなぁ」雄太さんが和食派だという事を知ったのはありがたい。基本和食メニューで組み立てることが出来るからだ。

最も、毎日和食だけという訳で無くてもいいんだろうけど。

香さんから聞いた情報は、私にとっては助かる情報ばかりだ。

確かに初めて香さんをこの目で見た時、自分では分からなかったんだけど、相当苛ついていいたみたいだ。


何で私がそんなに苛つかなかければいけないのか。そんなこと分かる訳無いじゃない。ただなんか感情ばかりが先走ってしまって、収集がつかなくなっていたのは事実だった。

朝目覚め、居間に行くと香さんがソファーで寝ているその姿を見つめていると、「そうだよね」と何となく自分に問いかける声が聞こえてくような気がした。私と雄太さんなんか釣り合わないよね。こんなに綺麗な人が彼女だったんだもの。


「んっ、はぁ」ゆっくりと香さんの瞼が開いた。

「どうしたの美愛ちゃん?」

しなやかな躰がドキッとさせる。これが大人の魅力というものなんだろう。

「な、なんでもないです。……お、おはようございます」

「うん、おはよう」ふと香さんは時計に視線を向け「ずいぶん早起きなんだ」


「ええッと、朝食の準備あるんで」

「朝食?」

「ええ、私の仕事なんです。雄太さんとの契約で、ここの家事全般と食事は私がやることで、お家賃を免除してもらっています」

「ふぅ―ン。契約かぁ。なるほどねぇ。いいんじゃない、あなたと雄太の中で決めた取り決めなんだから、私は干渉する気はないわ。それに、ま、いいかぁ今は……」


「あのぉ」

「なぁに美愛ちゃん」

「昨夜はごめんなさい。あんな態度取っちゃって」

「ああ、いいのよ。こっちこそごめんね。いきなり、あんな醜態見せちゃって。テヘ! 私もいけないんだから」


「でもよくあるんですか、あんなこと?」

「ええええッとねぇ。なははは、お恥ずかしながら」

「なんだか雄太さん物凄く手馴れていたんで」

「だろうね……。月に1回は必ずある!!」そう言い切る香さんの顔を見つめるとなんだかおかしくなって思わず吹き出してしまった。


「な、何よう! 笑わなくたっていいんじゃない」

「だってぇ、そんなにきっぱりと言い切れるなんて、よっぽどなんだろうなぁって」

「ああ、私の事物凄い「のんべぇ」だと思ってるでしょ」

「うんうん、だってさぁ、月に1回はあるんでしょ。あ、でも毎日じゃないからまだましかぁ」

「そうよ。まだましよ」


なんか不思議だった。こうして何気ない話を少しだけしただけで、私の心に温かい想いが生まれているのを感じる。

私は寂しかったのか……。

そうかもしれない。何もない何もかもが、私の周りからなくなればいいと思っていたんだから。全てを投げ捨てた時、残ったのはこの躰だけ。

その躰も見知らぬ男の人に差し出し、もう、自分の物でもなんでもなく感じ始めていた。


それは私が仕出かした私への『代償』なんだろう。


そんな私を偶然という言葉しか見つからないけど、雄太さんは拾い上げてくれた。もし、あの時雄太さんと出会わなければ、今こうして前を向いて歩く私はいなかっただろう。

例え、学校で空気の様な存在として扱われても。

私は今、生きているし、自分の自由に向かい歩み出せているんだから。



ふっと顔を上げた時、私の肩に後ろから手がポンと乗った。

「美愛、美愛でしょ。久しぶりだねぇ」

振り返ると私の瞳に映ったのは、中学の時のクラスメイト奥瀬麻衣おくせまいだった。


「美愛、ホントひっさしぶりだねぇ!」

「え、麻衣? 嘘……!」



彼女とのこの出会いが、私と雄太さんに影響するなんて、思いもしなかったんだけど……。

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