第27話 美愛ニヤァ― ACT  2

「部屋って……」

確かにもう一部屋空いていることは事実。手つかずの部屋があるんだが。

「何考えてる香?」

「うううんとね。ここに私も住んじゃおうかな!」


あははははは。修羅場な家になるぞこりゃ。


「なぁんて言うのは、冗談なんだけど」思わずホッと肩がちじんだ。

「でもさぁ、帰るのがめんどくさくなった時、利用させてもらえるといいかなぁって。あ、もちろんお家賃? この場合は利用料と言ったらいいんでしょ。家主さん。ちゃんと払いますけどね」

「……でも」

「あら、私がいちゃお邪魔かしら」

含みのある笑い顔が、俺の胸に刺さる気がする。


つまりは香はここに、自由に出入りできる権利を得たいという事なんだろう。それは俺と美愛の関係を疑っての事なんだろうか。

ふと、あの時の……。香から別れ話を持ちだされた時の、”あの”言葉が浮かんできた。


「雄太の事は好きだよ。好きだから私と別れよう」


俺が結婚という事に急ぎ過ぎたというのが結果、香りには重荷となっていたんだという事を今の俺は感じている。

もう少し、俺たちはお互いの事をもっと突っ込んだ付き合い方をすべきだったんだろう。表面的な……その奥にある。本音という部分をお互い触れるのを恐れていたのは事実だったのだから。


「香、それは何か目的があっての事なのか?」

「目的? ……そうねぇ、目的ねぇ。それ問の答えとして言うのなら『美愛ちゃんに私興味を待った』と答えるのが一番の答えかもしれない」


「美愛に?」

「そう彼女に何かを感じたのかなぁ。何となくもっと彼女の事を知りたいし、出来れば私達友達になりたいなぁ。なんてね」

友達。何でだ、あれだけ美愛から邪険に扱われた様に俺は見えたんだけど。香はそうとは捉えていなかったのか?


「今日はもう私、休むわ。そこのソファー借りるね」

「あ、何だったら俺が今日はソファーに寝るよ。もしよかったら俺のベッド使いなよ」

「うふ、一緒に寝ようって……。そうよねさすがに誘えないわよね」

「馬鹿な、もう俺たちは……終わったんだろ」


「うん、そうだよ。でも……。あ、ここを使わせてもらう事の返事は後でもいいから、よく考えて、というか、ま、なるようにしかならないんだろうけど。エヘ!」

ニコッと笑う香のその顔を見ると、何も変わっていない。その思いだけが俺の心を苦しめた。


結局、香はソファーに体を沈ませ、この部屋で一夜を過ごした。

俺が目覚めた時、キッチンからにぎやかな声が聞こえて来た。


「ん、何だこの楽しそうな会話は」

寝ぼけ眼をこすりながら、寝室からキッチンのある居間へ出てみると、昨夜のぎすぎすした美愛の感じとは一変して、香と楽しそうに朝食の支度をしている姿が飛び込んできた。


「あ、雄太さんおはよう」にっこりとした笑顔で美愛が言う。

「お、おはよう……」

何なんだ、昨日あれだけ香の事で、怒っていたように見えた美愛の変わりようは。ふと香の方に視線を投げかけると。

香もにっこりと微笑み返す。


「あのぉ、お二人ともとても仲がよさそうで」

「そぉ? そんな風に見えるんだったら嬉しいけど。ねぇ美愛ちゃん」

「うんうんそうだね。ほら、早く雄太さん席ついて、朝食もうじき出来上がるから」


「あ、うん」言われるままに席つくとテーブルに二人で作った料理が置かれる。

「雄太はねぇ、朝はどっちかというと和食が好きなのよ。そうでしょう雄太」

「あ、うん……まぁ、どちらかと言えば」

「そうならそうって言ってくれれば、ちゃんと朝和食メインにしたんだけどなぁ」

「あ、いや。そんな、どうしてもって言う訳じゃないんだけど」


「いいのいいの、出来るだけリクエストには応じます。だってこれが私の仕事なんだもん」

「あのなぁ、いったいお前らどうしちゃったんだ?」

「どうしちゃったって?」

二人の視線が俺に注がれた。



会社に出社するときも、香は美愛と突然仲良しになったことには触れず……、俺とは距離を置いていた。

お互いに別れたこといや付き合っていたことが、会社の中で知られ、別れたことが噂になっている俺たちだ、一緒にいるところなんて見られたらまた火に油を注ぐようなものだという事を、俺らは警戒しての事だ。


まぁ、ここまで噂が広まり今や渦中の二人であることは確かだし、実際香は俺とよりを戻す気は無い様な気がしている。ただ、『ふり彼』としてだけの付き合いという事にしてほしいというのが、彼女の本音の様に思えたからだ。


「おはよっす」気の抜けた山岡の声を訊き、出社してきたことを認識すると、いきなり山岡が俺に話しかけて来た。

「先輩、先輩」

「な、何だよ。朝からお前のひそひそ話は訊きたくねぇな正直」


「ああ、いいんですか? 俺、今朝見たんですよ」

「見たって何をだ」耳にする山岡の声のトーンは少し興奮気味に感じた。


「蓬田香さんっす。彼女、今日出社する時見かけたんですけど、昨日とまったく同じ服だったんすよ。あの蓬田さんがですよ。毎日違う服を必ず着てくる彼女がですよ」

山岡……お前やべぇんじゃねぇのか。しかしよく香の事見てんな此奴。


「ああ、そう言えば前はたまに同じ服着てくることもあったんですけど、なんか今日はその時と同じような感じがしたんすよ」

「同じようなって?」

「何だろうなぁ、俺にも良く分かんないすけど……多分俺の推測なんすけどね。先輩と付き合っていた頃の香さんの雰囲気ていうか、彼女から放たれるオーラがその時と同じに感じたんすよ」


ここまで来るとお前、香の何なんだ、と、思いたくなる。


「も、もしかしてせ、先輩……蓬田さんとより戻したとか?」

「あ、それはねぇな」俺はきっぱりと否定した。


ホッと山岡は書いたなでおろし「よかったっす。まだ俺にもチャンスは残っているんですね。でも、もう、他に誰かと付き合っていたら俺、……がぁああああああああ! 俺太立ち直れないっす」


そんな山岡の頭を長崎愛佳ながさきあいかが持っていたフリーペーパーを丸め、パコーンと叩いた。

「昭、あんた朝から何騒いでんよ!」

「いてぇなぁ、愛佳。別にいいじゃねぇかよ」


「まったくもう。昨日から蓬田さん蓬田さんってうるさいんだけど! そんなに蓬田さんの事気になるなら、昨日言ってた告白早くしちゃいなよ。ホント小心者なんだから」


「うっ! そ、それはなぁ……簡単に出来たら俺も苦労しねぇってんだ!」


顔を真っ赤にして言う、山岡のそんな顔を見ながら苦笑いをする俺だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る