犬とヤクザとエイリアン

哲学徒

第1話

 俺の名前は丑寅牛(うしとらぎゅう)。ここいら一帯を支配していた丑寅組の組長だ。だが今や、素っ裸に首輪といういでたちでご主人の帰りを待つ身だ。全く情けないぜ。


 どうしてこうなったかって?さあな。俺は全くニュースを見ないが、クリスマスの日に突然宇宙人が攻めてきたらしい。で、事務所に宇宙人がカチコミしてきて今に至る。説明不足だって?俺だって分かってないんだ。勘弁してくれ。


 捕まった時のことはよく覚えている。全身銀タイツ履いたような奴らがぞろぞろと事務所に来て、修羅場を潜り抜けた俺たちでも固まってしまった。奴らは見たこともない素材の紐付き首輪を取り出すと、カウボーイのように投げてきた。そのとき、舎弟の辰巳龍(たつみりゅう)が俺を庇って縄にかかっちまった。龍が暴れると、その首輪が勝手に締まるようで、龍はぐったりと倒れてしまった。


 俺は龍を捕まえてる宇宙人に飛びかかった!が、宇宙人は首輪をかけてきた。その瞬間、バチっと電気が流れるような感覚がして俺は気絶してしまった。


 気がつけばこの通り。一張羅もドスもサングラスも財布も携帯も車のキーもなにもかも無くしちまった。タバコも火もねぇからますますやりきれねぇ。


 宇宙人は俺らと同じぐらいの身長だった。だからなのか、人間の家にそのまま住み着いちまった。そこに住んでた人間?さぁな。全員の家を回って調べる訳にはいかねぇが、大体奴隷か家畜か野良になっちまった。人間として暮らそうものなら、どっからかあいつらが来て、首輪を着けちまうんだ。二足で立とうとすると首輪が締まるんで、犬猫みたいに四つん這いに馴染んじまったよ。畜生め。いや、今や俺たちが畜生なんだが。


 俺らが身につけてた服や持ち物は、何処かに運ばれてしまった。この家のタンスには宇宙人の服が入ってるし、冷蔵庫には宇宙人のメシが入ってる。俺の家だぞ。


 宇宙人の奴らは俺にメシをくれる。と言っても、砂を食う方がマシな程度のもの。奴らは俺が食べる様子を見ながら何か書いているようだ。もちろん俺には読めない字で。


 宇宙人の奴らは俺を散歩に連れて行く。毎日一回。町内をぐるりと回る。お陰で、この街がどうなってしまったかよく分かった。欲望と酒と金とゲロでまみれた愛する街は、あいつらのせいで宇宙人の家族が和気藹々暮らすクソッタレな街になってしまった。


 そうだ。龍にも会った。公園を宇宙人に連れられて散歩していたら、向かいから龍と別の宇宙人が来た。俺は駆け寄ろうとしたが、首輪が締まり、宇宙人もリードを引っ張った。龍も同じことをしていた。俺は何度も龍の名を呼んだ。龍も叔父貴と泣き叫んだ。だが、結局首輪から電流が流れて気絶しちまった。


 気がつくとまた家だった。宇宙人は真っ黒で大きな瞳でこちらを覗き込んでいる。俺が目を見開くと、ほっとしたように近寄ってきて俺の頭を撫でる。俺はガキじゃねぇんだぞ。その晩、俺は宇宙人が寝た横に寝かせられた。


 次の日の朝、俺はまた宇宙人と散歩に出た。宇宙人は公園を通り過ぎ、坂道を上がって行った。居心地が悪い住宅街を歩いていると、上の方から何か声が聞こえてくる。ふと見上げると、龍の野郎がこっちを見下ろしていた。


 コンクリートで盛り上げた土台の上に、フェンスが立てられていて、龍はそこからこちらを見ているのだ。コンクリートを駆けあがろうとする俺をなだめて、宇宙人は台座の階段を登って行く。


「龍!」

「親父!」

 俺と龍は犬っころのように庭をぐるぐる駆け回り、じゃれあった。俺の家に住んでる宇宙人は、この高台に住む宇宙人と何か話していた。それから龍の家に時々遊びに行けるようになった。


 俺と龍は会うたびに情報交換をした。と言っても大したことは分からないんで、どこそこにガキが生まれただの、あそこの家はいいメシが出るだのほとんど井戸端会議みたいなもんだった。だけど、時々変な情報が入ってくる。宇宙人が脳波を弄って政治家をコントロールしただとか、植民地のために宇宙人がここに来ただとか。知ってもどうしようもねぇけどな。


 なにせこの首輪はどうやっても脱げねぇ。脱ごうとすると締まる。道具を使おうにも、宇宙人の道具しかねぇから使えねぇ。あいつらが握らないと使えない道具が多い。包丁みたいな道具でさえ、俺が握ると刀身が柄に収まっちまう。そして、おそらく首輪をしてねぇ奴はもういねぇ。


 

 ある日、散歩中にちょいと顔見知りの女に会った。宇宙人同士が喋ってるんで、女のガキの様子を聞いてみた。すると女はわっと泣き出した。ガキが宇宙人に連れさられた。きっと食われてしまうんだと。俺は、きっと生きてていいメシを食ってると慰めた。だが、おそらくは柔らかいうちに食われたか、研究だとしてバラバラにされちまったか、最大限良くても強制労働だろう。


 宇宙人は俺らに良くしていると思う。なにせ俺たちは働かなくていいのだ。愛玩動物として一生ぬくぬくと暮らせるのだ。そういう奴らもいる。だけど、飼い殺しって言葉もあるじゃねぇか。俺は龍と喋る時に隠れるようになり、最終的に隠れて地面で筆談することにした。読み終わり次第相手に消してもらう。


 俺たちは戦う。___だが、どうやって?公園の奴らが束になってもあいつら一人に勝てないだろう。首輪の内側にできた汗疹をかく。セミは激しく喚き散らし、太陽は俺たちを容赦なく苛んだ。

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犬とヤクザとエイリアン 哲学徒 @tetsugakuto

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