このゲームを百合ゲーとするっ! ―2

 さて、そう決意してみたはいいものの、そのためにはこれから具体的にどう行動していけばいいのだろう。


「…………」


 サレナはまたも黙り込み、思考の海に沈み込む。


 もしも、これがカトレアさま以外の他の攻略対象キャラクターと結ばれることを狙うものだったなら――。


「話は簡単なんだけどねー……」


 またも独り言としてサレナはそう呟きつつ、思う。


 それなら本当に話は簡単なのだ。


 何故ならば生前の"私"はナイウィチをそれこそソフトが擦り切れるんじゃないかと思うくらいの勢いで何度も何度もプレイしてきた。

 どんな相手であれ、それがあのゲームの中の攻略対象の存在キャラクターであるならば、どういう態度を取り、どういう選択をすれば相手の興味を引き、好きになってもらえるのか手に取るようにわかる。そう言い切ってしまってもいいだろう。


 そして、この世界はいまやサレナにとっての紛れもない現実であるとはいえ、もしも"ゲームとしての名残"のようなものが存在しているとしたらどうだろうか。

 たとえば、ある程度決められた歴史の流れのようなものとして、元のゲームのシナリオで起こることが、この先このサレナの身にも起こっていくのだとしたら――。


 そうであるならば、その流れにただ身を任せているだけでも、サレナは最終的に攻略対象のキャラクターの誰かとは結ばれることになるのかもしれない。

 となれば、このままただ漫然と、これまでサレナとして生きてきたようにこれからも普通に生活しているだけでいい。

 後はいずれ始まるであろうゲームのシナリオ通りに流されるまま、要所要所での行動と選択をゲームの通りにこなしていけば好きな相手と結ばれ、幸せになることが出来るはずだ。

 何と苦労のない人生だろうか、主人公という立場はまったく素晴らしい。


 ただし、それはの話である。


「やっぱり、問題はそこなんだよなぁ……」


 サレナは腕を組み、目をつぶると困ったように眉根を寄せた。

 そのまま、うーむ、と唸りながら考える。


 ご存知の通りというかなんというか、カトレアさまは攻略対象キャラクターではなく、あくまでライバルキャラクターでしかない。

 そして、彼女と恋愛的に結ばれるようなルートやシナリオはゲーム内には存在していなかった。

 であるから、この先一体どういう行動をして、どういう選択をしていけば彼女の心を射止める流れに乗ることが出来るのかがまるでわからない。


 わかっていたこととはいえ完全な不透明、まさしく未知の領域。

 自分自身で二人の物語を考え出して、作っていくしかないというわけだ。


 さて、そうなると、そこでまた話は振り出しに戻ってくることになる。


 カトレアさまと結ばれるためには、一体全体これからどう行動していくべきなのか。


 差し当たり、この世界にある程度ゲームとしての"補正"のようなものが存在していると信じるのであれば、漫然と過ごしたままゲーム本編のシナリオ開始を待っていればいいのかもしれない。

 そこで、少しばかり本編のプロローグを思い出してみようと、サレナは帳面に鉛筆でその流れを簡潔に書き起こしてみる。



 サレナが十五歳の時に、とある事件が起こってサレナは『魔力』に目覚めることとなる。

 それまでの人生でサレナに『魔力』が宿っているということはサレナ自身ですら認識していなかったが、その事件のおかげでそれが公の元に晒されてしまう。

 そしてサレナは『魔力』を持つ人間の責務として、身寄りのない孤児の平民でありながらも、貴族達の通う『魔術学院』に入学することになる。

 そこで攻略対象のキャラクター達やライバルキャラクターのカトレアさまとサレナは出会い、仲を深めていくことになる――。



 ……と、かいつまんで書き出せば、ゲームの始まりはそんな流れとなっている。


 さて、サレナは現在十二歳。

 あと三年待っていれば、順調にいけば自動的にカトレアさま達とは出会えることになるはずだ。


 ……しかし、果たしてそれでいいのだろうか?


「…………」


 サレナは無言で顎に手をやり、思案のポーズを取ってみる。


 確かに、そうするだけでもカトレアさまに出会うこと自体は出来るだろう。

 そうしてゲーム本編の流れが始まってから、改めて他のキャラクターを攻略する時のように、カトレアさまにアプローチをかけていけばいい。

 そうする手も勿論あるだろう。

 だが、ここで一つの大きな疑問が立ちはだかってくる。


 果たして、それで順調にカトレアさまからサレナは好きになってもらえる――愛してもらえるようになるのだろうか?

 他の攻略対象キャラクターにそうされるのと同じように――。


「……どうも、そこが引っかかるのよね」


 再びの独り言を漏らしながら、サレナは眉間に皺を寄せる。


 相手が攻略対象であれば――いや、究極相手が男性であるならば、それで落とせる自信はある。


 今のこの自分の体で言うのもなんだが、サレナはふんわりとした愛らしい顔立ちの、花のように可憐な美少女だ。まったく男好きのするような……と、下品な表現をしてしまってもいいくらいの。まあ、体型の方は若干控え目だが……。

 性格も基本的に心優しくて素直。少しばかり引っ込み思案で臆病なところもあるが、芯は強く、肝心な時には踏み出す勇気も持っている。

 無垢で純粋そうな雰囲気も相まって、まさしく典型的な"守ってあげたくなるタイプ"の美少女が、ゲームの中でのサレナだった。


 ……自分で言ってて恥ずかしくなってきたな……。


 サレナは赤面しながら、頭を抱える。


 しかし、それはあくまで"ゲームの中"での話だ。

 今の"私"の記憶が目覚めて混ざってしまったサレナが、果たしてそんな性格のままなのかは自信がない。

 とはいえ、"私"自身がそれを知っている以上、そういう性格を演じきれる自信はある。その演技に気づかせない自信も。


 そして、もしもゲームとしての"補正"もこの世界に存在しているならば、そんな男心をくすぐるような美少女のサレナに迫られて揺らがない男性はいないだろう。

 ましてや攻略対象ともなれば、彼らがどうすれば喜び、こちらに好意を抱くのかについてのツボを把握しつくしている自分である。

 彼らを落とすことは赤子の手を捻るより容易いことだろう。


 だが、それらはあくまで"男性"が相手であればの話である。

 男性からは恐ろしく魅力的なゆるふわ系の美少女であっても、同性――同じ女性相手ではどうだろうか。


「…………」


 そこのところが、サレナにとってはどうも自信が持てなかった。


 いや、そういう性格の女の子が好きな女性というのも勿論世の中には存在していることだろう。

 人の趣味嗜好というものは海のように広く深いし、それにケチをつけるつもりもない。


 だが、果たしてカトレアさまが"そういう女性"なのかについては何とも、確証がない。


 ゲーム内でのカトレアさまは確かに基本的にはライバルとしてサレナと敵対するとはいえ、シナリオによってはこちらを認め、時には深い友情を育むこともあった。

 であれば、そこまでサレナの性格が嫌われていたわけではなさそうだし、あるいは好まれていた可能性も大いにあるだろう。


 しかし、それはあくまでも"友達"レベルの事例であり、"恋愛対象"としてはどうなのかというと話は全く違ってくるような気がする。

 サレナわたしがゲームの中の"ゆるふわ系な守ってあげたくなるタイプのかわいいサレナ"のままで、果たしてカトレアさまから恋愛対象としての好意を向けてもらえるものだろうか。


「うーん……」


 頭を抱え、思わず苦悶が滲み出るような声でサレナは唸る。


 あらゆる希望的観測を排除してどこまでも冷静に考えてみると、どうもその線が上手いこと成立する可能性は限りなく低いように思えた。


 確かに"そのサレナ"でも、やりようによってはカトレアさまからの好意を勝ち取ることは出来るかもしれない。

 しかし、それはあくまで"深い友情"レベルに留まってしまいそうな気がする。

 カトレアさまとそう言った"清らかで美しい先輩と後輩の関係"を築くことが目的なのであれば、それでも構わないだろう。


 しかし、自分が望んでいるのは"その先"なのだ。


 包み隠さず言ってしまうと、ナイウィチ本編の攻略対象キャラクター達とのそれのように、甘酸っぱくキュンキュンして時に切なく、しかし最後はハッピーエンドなイチャラブ恋物語をカトレアさまと繰り広げたいのだ。


 仲の良い同性の友人や可愛い後輩としてではなく、一人の恋愛対象としてカトレアさまから愛されたい。


 ということであれば、このままゲームのストーリーが始まるのに黙って身を任せ、ゲームの中のサレナじぶんを演じて過ごすというプランは――。


「却下、と……」


 帳面に書き起こしていた、『流れに身を任せる』という文字の上に大きくバッテンを書き加える。


 さて、それではゲームの中のサレナのままでシナリオを進めないのであれば、一体どういうサレナじぶんでカトレアさまと出会うべきなのだろうか。


「常識的に考えると、カトレアさまの好みのタイプに近づいておくべきよね……」


 鉛筆の尻でこんこんと帳面を叩きながら、サレナは静かにその思いつきを口に出す。


 恋愛とは実際に出会ってからの関係の積み重ねが肝要であるとはいえ、その前段階として意中の相手の好みに出来るだけ近づいておくことに戦略上の損はない。

 であるならば、まずは自分をカトレアさまの恋愛対象としての理想像になるべく近づける努力を重ねながら学院入学の時を待つ……、というのが最善の策であるように思える。

 そうした上で彼女と出会うことが出来れば、通常のサレナとして出会う時よりも、二人の関係性に何かしらこちらの理想に近づける希望的な変化が生じる可能性があるのではないだろうか。


「これよ……これしかないわ……!」


 サレナは帳面にサラサラと『二人が出会う時までに出来るだけカトレアさまの好みのタイプに近づく努力をしておく』と書きつけると、その上から大きく丸を書き加えた。

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