三
三条大橋。
そのたもと。
朱天は琵琶を
茨木はその音色にあわせて、踊る。
朱天の琵琶は、比叡山をおりた直後に、行き倒れて亡くなっていた琵琶法師からいただいた。そのまま路傍に放置していても、腐るか、心ない者の手で売りさばかれるだけだ。俺が有効活用してやろう、そのほうが、きっとこの坊さんも喜んでくれるだろう、と。
それ以来、食うに困ると、京の道端で琵琶を弾いた。そうすると、わずかではあったが投げ銭がふところに入ってくる。一日弾けば、一日なんとか寿命を延ばせた。
茨木の踊りは独特だ。
古来より伝わる、どの舞踊にも属さない。
彼いわく、
――心から湧きあがる情熱を、踊りで体現するんだ。
だそうだ。
朱天の琵琶も、比叡山にいたころに先輩僧侶から音の鳴らしかたを教わったくらいで、奏でる旋律そのものは、彼の独創だった。それもある意味、
「情熱」
で奏でているのであり、茨木の踊りと意気投合するのは、当然なのかもしれなかった。
茨木は踊る。
腰を落とし、両手を膝に置き、観客を圧するようににらみながら、首をぐるぐるまわす。真っ赤な髪の毛が炎のように
朱天の琵琶の演奏がとまる。
茨木の踊りもとまる。
合図をしあったわけではない。
息が自然に合った。
茨木は、両腕を空にのばし、ヒジを交差させ、身体すべてを天に捧げるようなポーズでとまる。
周囲の二十人ほどの観客たちは、息をのんだ。
数瞬後。
その場は、拍手と歓声にわいた。
演者と観客が一体となり、心がかさなった。
そして、舞い落ちる、銭の雨――。
十日、二十日と、ふたりのパフォーマンスは続いた。
やがて、仲間ができた。
笛の虎。
太鼓の熊。
彼らとの出会いは、お互いが言葉で誘いあったわけではない。
気がつけば、となりで演奏していた。
虎の笛は軽快なうえに、彼自身も踊りを踊る。笛を吹きながらの、茨木との共演は圧巻だった。
熊の太鼓は凄まじい。大きさの違う太鼓を並べ、バチでそれらを乱打する。時に弱く、時に壮絶に。
そして、
彼女の透きとおる声でつむぐ唄は、心にしみわたる。観客に涙を流させるほど……。だけではない、楽器たちの音量にも負けない、観客を震えさせるほどの、腹の底からとどろく
その飯屋は、朱天たちのたまり場のようになっていた。
鴨川の河原に立ち並ぶ、丸太組みの柱に筵を巻いただけの、店とも呼べないような粗末な店のうちの一軒だった。
すっかりなじみになった店主のオヤジが、なにも注文していないのに、肉や魚、飯に酒を持ってくる。
「今日も盛況だったな、アニキ」
茨木が肉を口いっぱいに詰め込んで、しかもその状態で器用に笑いながら、云った。
朱天は酒を
年上だからって、そう持ち上げてくれなくていい、と朱天は年齢差を気にしなかったが、茨木が気にした。いつの間にか、アニキ、と呼ぶようになっていた。
ちなみに、朱天は二十三歳、茨木が二十、虎と熊が同じ歳の十八で、星が十六歳だった。
「まったくだあな。このまま、天下とっちまおうぜ」
虎が威勢のいいことを云う。彼の風貌は、虎というより猫に近く、大きな目に、矮躯だが引き締まって俊敏そうな身体つきをしている。
「ああ、そうしたら、肉も魚も食いほうだいだあ」
熊がのんきそうに云った。彼は、名前の通りの見た目をしていて、六尺(百八十センチ)を越す巨体に、はちきれそうなくらいの肉付きをして、全体が丸くって、熊にもダルマ人形にも似ていた。
皆が盛り上がっているなか、星だけは、黙って飯を食べていた。
こんな寡黙で小柄な少女の、どこからあんな凄烈な歌声が発せられるのか、朱天は不思議なくらいだった。
「しかしな」と朱天が考えぶかそうに話しはじめた。「本気で天下を目指すなら、公家どもに取り入らなくちゃいけなくなる。そうなりゃ、俺たちの音楽はおしまいだ」
「ああ、その通りよ」茨木が大仰にうなずいた。「あのクソ貴族どもに頭をさげるくらいなら、一生路上演奏のほうがましってもんだ」
「ああそうだな」と虎がうなずく。
「おいらも、貴族は嫌いだ」と熊が同意する。
星はただ、首をこくりと動かす。
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