二
コツリ。
検非違使の頭に石があたった。
「誰だ!?」
石を投げたのは誰だ、と威嚇しながら彼は周りを取り囲む群衆をねめつけるようにみまわす。
朱天は脇から汗が流れ落ちるのを感じていた。
まさか、自分がこんな大胆なことをやってのけようとは、思いもよらなかった。足が小石をふんだ。なんの気なしに拾い、気がついたら検非違使に向かって投げていた。
検非違使は、怒りにまかせて、刀を振り回す。おびえた群衆は、叫声とともに前後左右に散った。
その場に立ち止まっていたのは朱天だけ。
「お前かっ」
吠えるように叫んで、男がこちらに向かってくる。
朱天は、完全に脚がすくんでいた。
自分の愚行の結果に、恐怖した。
と。
ドスン、と鈍い音がして、検非違使の男が倒れこんだ。
赤髪の男が、検非違使の背に体当たりをしたのだ。
もうひとりの検非違使は、唖然とした面持ち――権力の執行者たる自分たちに反抗する者がいるなどと考えたことすらなかった、というような顔だった。
「あんちゃん」赤髪が朱天に云った。「ボサッとしてねえで、逃げるぞ!」
西に向って遁走しはじめた。朱天もつられるように走り出す。
「待てッ!」
恫喝に振り返ると、突き飛ばされた男が立ち上がり、刀を振り上げて追ってくる。もうひとりの検非違使も追走しはじめた。
瞬間。
どこかから、検非違使たちに向って石つぶてが飛んできて、その後頭部にあたった。
立ち止まるふたりの検非違使。
そこにさらに、四方八方から、つぶてが雨のように降ってきた。
さきほどの群衆が、石を投げつけている。
頭をかばうようにしながら、やめろ、やめんか、お前らもひっとらえるぞ、と叫ぶが、石の雨はやむ気配はない。
朱天は、立ち止まった。ことの顛末をみさだめようと思ったが、
「なにしてんだ、あんちゃん、走れ」
赤髪が袖をひっぱる。
朱天は走った。
通りを駆け抜け、祇園神社の境内に駆け入ると、適当な社の陰に身をひそめた。
「ははは、愉快愉快」
赤髪の男が笑う。
――何が愉快なものか、これで俺はお尋ね者だ。
赤髪は朱天の意中をさっしたように、
「そう不安な顔をすんな。あんたの顔なんぞ、あいつらがいちいち覚えているはずがねえさ」
「だといいがな」まだ肩で息をしながら、あきれたように朱天は云った。「俺はよくても、あんたはどうだい」
「あ、ははは、この見てくれじゃあ、逃げ隠れできんよな」
赤髪は何がおかしいのか、笑いつづける。
朱天より三寸ばかり背丈が高く、痩せてはいるが、よく見れば、鋼をよったような、硬そうな筋肉をもっていた。
赤い髪に青い瞳、白い肌。
「なんだ、あんたもこの容姿が面白いか」
「いや、そうじゃない、ただ、異人の血が入ってるのか、と思ってな」
「いや、まったく」赤髪のは手を振りながら云った。「親父もお袋も、ジジもババも日本人だ」
「そうか、それでも、何千か何万かにひとりくらい、あんたみたいなのが生まれるらしいな」
「ああ、らしいな。村の物知りジジイがそんなこと云ってた」
今度は赤髪が、朱天の顔をのぞきこんだ。口を横に広げて、にっと笑うと八重歯が牙のようにとがっていて、キラリと日の光を反射した。
「そんなに見つめても、お前ほどめずらしい風体はしていないつもりだが」朱天がいささか冷めた顔で云った。
「あんた、俺が、コワくないのか」
「怖い?なぜ?」
「なぜって、あんた」
不思議そうに云って、赤髪はまた笑い出した。
「あんたみたいなのは、はじめてだ」
赤髪は心底愉快というふうに笑う。
「俺は
「朱天」
「しゅてん?変わった響きだ」
「そう言われたのは、はじめてだよ」
「坊主かなんかかい」
「ああ、そうだ。比叡山にいたんだが、十二のときに、ジジイのクソ坊主に犯されかけたんで、タマを蹴りあげてやったら、追放された」
「あはははは、まったく面白いね、あんた」
と茨木は杯をあおる仕草で、
「ひとつどうだい」
「金はあるのか」
「ない」
「じゃあ、だめだ」
「あんた持ってないのか」
「ああ、からっぽだ」
「なんだよ」
さっきまで満面の笑みだった茨木は急に落胆の表情になる。気分がストレートに顔にでる性分らしい。
この男、見ていて飽きないな、と朱天は思った。
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