平安ロック!

優木悠

 京の町は汚い。

 死体が道端に打ち捨てられ、汚物もゴミも散乱している。

 そのけがれに満ちた道を、牛車が通る。

 不浄をみやびな風俗で覆い隠し、汚いものは見ないふり。

 いや、彼らにはなにも見えていないのだろう。

 平安貴族。

 京の一角に巣食う、天上の人々。


 春の気だるい空気が朝靄とともに身体にまとわりつく中、朱天しゅてんは過ぎゆく牛車を眺める。

 その美々しい乗り物の、虚飾に彩られた絢爛な造形。

 ――あの中にいる人間、外にいる人間。

 何が違う、同じ人間ではないのか、人の価値は血で、生まれで、決まってしまうのか。

 何千何万の人々が塗炭の苦しみに喘ぎ、たった何十何百人の貴族は歌を唄い、踊り、恋を語る。

 くだらない。くだらない世の中だ――。


「くだらねえな」

 耳元で声がした。

 妙にトゲトゲしい、まるでイバラのような響き。

 目を動かすと、そこにいたのは、紅毛碧眼、異常に白い肌をした男。

 誰に話しかけたとも思われない、ただの独り言に思えたが、朱天は、つい、

「そうだな」

 と相づちをうつ。

「くだらねえ」男は、続けた。「あの車の中身も、それを眺めてため息をついてるだけの奴らも、どいつもこいつも、くだらねえ」

 なんだ、と朱天は思った。俺もくだらねえものの中に入っていたのか。

 苦笑した。自嘲だった。

 気づくと、男は消えていた。

 まるで異界から訪れたようなあの風貌。

 ――ああいうのを、鬼と言うのかな。


 昨日、大工仕事をクビになった。

 給金が少ないから増やしてくれと懇願したら、棟梁に罵倒され、殴り、蹴られた。

 ――何をやってもうまくいかない。

 比叡山を出て十年ちょっと、長く続いた仕事は皆無だった。

 ――俺みたいな落ちこぼれは、のたれ死にするしかないのだろうか。


 朱天はあてどなく、歩いた。数刻の間、ただ歩いた。


 ふと気づくと、鴨川にかかる四条大橋のたもと。

 そのままの橋の中ほどまで足をはこぶ。立ち止まって、欄干に手をかけて、下をのぞきこむ。

 浅い。

 大きな石、小さな石、様々な石が川面から頭をだしている。

 飛び降りても、骨を折って苦しむだけだろう。

 朱天はふたたび歩きだす。

 すると、橋のむこう、西のたもとでなにか騒いでいるようす。

 人垣ができていてそのむこうから、人と人とが怒鳴りあう声が聞こえてきた。

「俺は生まれてこのかたずっとこの見てくれだ。誰に何を云われたところで変えられるもんでもねえ」

 朱天は、どうせ酔っぱらいの喧嘩だろうと通り過ぎようとしたが、その声に足をとめた。

 ――この声、今朝の……。

 群衆の間からのぞくと、やはりそうだった。

 背中までのばしたボサボサの赤い髪をふりみだし、あの男が、検非違使ふたりに悪態をついている。

「黙れこの鬼め」検非違使のひとりが嘲罵する。「貴様のような見てくれのものが、まともな人間であるはずがない。ひっくくってやる。観念せい」

「かんねんせいと云われて、はいそうですかと、かんねんするほど人間できていねえんでね」

「手向かうか」ともうひとりの検非違使が威喝する。「おとなしくせんと、斬りすてるぞ」

「あ?なんだと、そんななまくら刀で何が斬れる。俺の髪でも切りそろえてくれるか?」

「おのれ云わせておけば図にのりおってッ」

 検非違使ふたり、刀を同時に抜き放った。

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