33話 デートデートデート!!

 倉主琳という少女は、読書家である。彼女の年齢不相応な表情は、誰かの模倣。彼女の小難しい語りは、誰かの引用。彼女の抱える問題は、誰かの思考だ。覚えたての知識をつい活用して、自分のものにしてしまう厨二病。倉主は幸か不幸か、本当にそんな誰かをしまった、可哀想な少女。倉主は図書室という籠に、鍵など掛かっている筈も無いのに、自らの意思で囚われてしまっている。


 今回の依頼である『図書室から追い出す』とはつまり、文字通り、彼女を解き放つ事が必要になるのだろう。そしてそれは、今まで自分が行って来た遊びと何も変わりがない。変わりないということはつまり、


 倉主を恋人にするという目的にチェンジしたって良い。



 5月12日水曜日、放課後。


 本日、俺と倉主は図書室ではなく、別の場所に足を運んでいた──というより、俺が彼女を強引に連れ出したのだ。ずっと埃被った本に囲まれている状況も飽きたし、心中で実況するにも似たものになってきていて詰まらないから。


 というかデートに誘っただけだけども。


 俺はおっぱいで忘れていた、いや忘れさせられていた、掻き消されていたんだ。カノジョが欲しいという原初の記憶と願いを、回答のない議論で誤魔化されていたが、昨日の家路でついに視界を取り戻している。カノジョを作る──そうして副作用的に彼女の問題を解決する。元々は、そういう心理で動いていたのだと、思い出したのだ。


「これがデパート……庶民はここで買い物するのね。とても人が多いわ。あぁ、あれは何かしら? 沢山のお店が並んでいて、まるでお祭りみたい。ねえ? 私あそこに行ってみたいのだけど、良いかしら?」


 倉主はまるで子供が初めてテーマパークに来園して感動し、瞳を輝かせている、風な感じで両手を広げて回りながら。


「何言ってんだお前」


 という訳で倉主と共に現在、俺は近場にあるショッピングモールへと足を運んでいた。4階建ての4階、モール特有の吹き抜け構造から見下ろす景色には、流石に夕方と時間帯ともなれば人は多く、その殆どが制服に身を包んだ自分らと同じく学生達に混じって主婦層がチラホラ。


「お嬢様が主人公と一緒に、一般人の暮らしを目撃するシーンですよー。この前読んだライトノベルに、同じような状況があったのでついやってしまいました」


「意外だな。ラノベとかも読むのか」


「あははー、たまたまですけどね」


 湾曲していて端までは見渡せないけれど、ずらっと並んだ服屋や雑貨屋などのテナントは、どれも見覚えも立ち寄った思い出もあるもので、一般人の俺には通い慣れた場所だった。そんな庶民的に俺は、『説得の一環』だと言って渋る倉主を連れ出し、彼女もまた結局ここまで足を運んでいる。首輪の付いた状態だろうけど、一時的にでも彼女を図書室から外の世界に引っ張り出せた事実は大きい。


「こういう場所は初めてか?」


 俗に言う引きこもりの、厨二病の倉主を、大衆が住う地に引き摺り下ろせたのだから。


「いえいえそんなわけないじゃないですかー。いくら親がお金持ちって言ったってショッピングモールくらい普通に行きますし、ファーストフードも食べますし、見張りのボディーガードも付いていません。私はとっても普通の、どこにでもある女の子なんです。ただ親がちょっとお金持ってるだけで」


「普通の女の子なら、その権力と財力を使って人生を地獄に叩き落とすとか言わないと思うけどね」


「あは、じゃあ、私達は普通じゃないのかもしれませんね。もしかしたらこの世界は物語で、私たちはその登場人物なのかも」


 なるほど、我ながら、厨二病と推察したのはかなり的を得ているかもしれない。


「ところで倉主ちゃんはどこか見たい店はあるか?」


「いやーそれが全くと言っていいほどに。だってここにはお金で買えるものしかないでしょー?」


 倉主から飛び出した言葉に俺は正面衝突して吹っ飛ばされて、轢き殺された気持ちだった。だってあまりにも自然に、すらすらと涼しい表情で、まあまあ衝撃的な発言する彼女に、脳内がクラッシュして──まじでじゃあなんでここに来たんだよ、と思い開いた口が塞がらなかった。


 彼女はそれから、こちらの心情など少しも理解していない風で続ける。


「私は先輩と色んな場所を見て、それについて会話が出来れば満足ですからねー」


 脱力を伴った気怠げな微笑み、男を魅了する言葉に──まじでなんだよこいつ、手でも繋いでやりてえチクショウ! いや落ち着け、まだ慌てるような時間じゃない。せっかくここまで連れて来たんだ。焦って距離を詰めることはない。この施設には映画館だってあるし、ペットショップもあるしおしゃれな服屋もある。話題には事欠かないし、デートにはうってつけだ。


 と高鳴る脈動を抑え付け、表情を作ると踵を返した。


「おう………………………………よし、行こうか」


「随分間がありましたね」


 そして並んで歩き出して、自分の頬が緩んでいることに気が付いて、すぐに口元を抑えた。


 自分達が周囲の目にどう写っているのか、恋人にでも見られていたら嬉しいけれど──俺が破滅を賭けて彼女とここにいるとは、誰も想像しないし出来る筈もない。これからの行動如何で、今後の人生まで左右されてしまうのだ。加えてしかもそれは俺だけのものではなく、3親等までを巻き込んだもので、全く笑えない冗談のような状況で、


 だけども巨乳美少女と放課後制服デートしている事実もあって、


 笑って良いのか泣いて良いのか──って立ち止まってしまって、


「どうしたんですか? 早く行きましょうよー」


 気が付いた倉主が振り返った時に揺れた、枝毛の無い黒髪で、表情で、完成された微笑みで、


「あひゃい」


 俺はもうすっかり、恋に落ちたのだった。

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