第2部、期間限定の関係
24話 新しい朝が来た、絶望の朝だ
あっという間に恋に落ちて、燃え盛り、消える。俺には一途などという言葉は程遠く、性分にも反りが合わなかった。束の間の安らぎや幸せに身を焦がして、尽きた灰に名前を付けるのなら、虚無が相応しい。
悲しみもする、後悔もある。しかし、それがどんなに深い空洞であっても同じこと。いずれは悲しみも後悔も忘れて、僅かな良心を痛ませながら、俺はまた恋をするのだ。
ニーチェの唱えた『永劫回帰』に当て嵌めるのなら、地獄とも思えるこの連鎖。しかしながら輪廻に於いても、自分は未だ六道を彷徨う亡者であろう。決定された未来なのか、原因さえ理解出来れば解脱出来るのか。どちらにせよ、今のままでは終わることがないのだろうと、そう思った。
さてさて、
ここまで退屈な文に目を通してくれた方には心からの感謝を送ると共に、理由と次の失恋相手について、簡易的にお知らせしたいと存じる。
自分なりに精一杯、文学的に文字を連ねた、というより駄文を並べ立てたのはお察しの通り──文学少女登場の前振りだ。読書が好きな女の子、言葉が、幻想が、物語が好きな女の子の話。
期間限定の、失恋物語だ。
ゴールデンウィーク、は終わって始まった5月の中盤の、5月10日月曜日の、その朝。
夏取丁からの『ズッ友』宣言から、気持ちを切り替えようにも視界には楽しく友人とお話しする彼女を捉えてしまっていて、もうコメントの仕様がない朝。
気が乗らない朝だった。
進級して一ヶ月強、我がクラスの雰囲気は概ね決定されたと思う。見渡しても特に浮いているとか、ストレスを抱えている人はいないようだし、メンツの固定もある程度は始まっている。このままいけば3年時まで平穏な学生生活が送れるだろうけど、そう上手くもいかないのが思春期の集団というものである。
まあ当面の間、この教室は何の問題も無いだろうと思う──となると、他のクラスに目を向ける必要があるか。
「あー、可愛い女の子と異世界転生してえー」
「またアホなこと言ってる」
「おう羽佐木ちゃん。暫く登場しないから死んだかと思ってたよ」
「は? ずっと隣に居たじゃん」
「もうさ、俺は駄目かもしれん」
「はいはい」
あれから何度か夏取とはサイゼに行ったりして遊んだが、相変わらず友人の括りからはみ出せる機会は訪れず、もうそろそろ次の失恋に踏み出しても良いんじゃないかと、羽佐木に軽く流されていると、そう思う。
「だってお前、もう高校生活あと2年ないんだよ? もう1年経ってるんだよ? それでお前カノジョ出来ないってお前、ふざけんなよお前。ねえ?」
「ウチが話し相手になってあげてるんだから、それで満足したら?」
「俺はイチャイチャしてえんだよ。放課後制服デートしてえんだよ。休日街にお手手繋いで買い物行きてえんだよ」
「やれば良いじゃん」
「相手が……いねえんだよ」
「しょっちゅうされてる告白を断ってるアンタのせいでしょ」
「俺は追いかけられるより追いかける側でいたい。恋のハンターでありたい」
羽佐木は『はぁ』とクソデカ溜息を吐き出しては、心底呆れた顔をする。頬杖を突いて憂うその表情は、朝のお日様に照らされて何とも可愛いものだった。
「あのさ、女の子から告白するのって勇気がいる事なんだけど、アンタはそれ分かって馬鹿言ってるの?」
「頑張ってくれたから同情で付き合えってことか? それこそ相手に失礼。俺はいつも本気と書いて真剣に断ってる。なんてったって初めてのカノジョだからな。『この人しかいない』って思える人と付き合いたい」
「言ってる事だけはマトモだけど、アンタだから信用出来ない」
「酷いっ!!」
「だって嘘じゃん」
「ううううう、嘘違いますけれどもね? タイプじゃなかったから断ったとか全然考えていないけれどもね?」
「ほらね」
あばば、と動揺しながらも、羽佐木とこうして脳内容量を全く使用しない下らない会話を繰り広げている時、内心は酷く穏やかな気持ちだった。心が洗われるような、調律されているような、そんな感じで。
いつもそう。
楽しいとか嬉しいとかではなく、単純に居心地が良い。
「羽佐木ちゃん……俺、羽佐木ちゃんと話している時が一番気持ち良いかもしれん」
もしかして、これが、恋?
「いやその発言が気持ち悪い」
だがコイツ、カレシ持ちだったわ。爆発しろ。
「そういえば、あの、なんだっけ……なんか折上がこの前狙ってるって言ってた、あそこの」
「その話題を今振るとは、お前鋭いな」
「どうだったの?」
と、羽佐木は首を傾げてから『やっぱいいや』と小さく鼻を鳴らす。
「どーせフラれたよね」
「失礼な言い草だな。まあフラれたっていうか友達にはなったけど。『私達友達だよね』って言われただけだけど。死にたくなったけど」
俺が言うと、彼女はやたら満足気に笑っていた。
相変わらずこの女は俺の失恋話が大好物なようで、報告をする度こうして蔑んだような微笑みを浮かべやがるのだ。そういう部分がいじめられた原因だぞ、気をつけろ。
と、内心で留めておく。
「うわ、辛いね」
「全然辛くねえわ、寧ろまだ脈あるわ」
「ないでしょそれ」
「いやいや女心とは複雑なものである。常に相反する感情を抱えて生きているのだ。だからこそそれは他者の心を打つ物語となり、少女漫画などが広く親しまれている理由である──ルネ・デカルト」
「いや誰だが知らないけど絶対そんなこと言ってないでしょデカルト」
「『我思う、故に我あり』って言葉を残した思想家のおじさんだよデカルト。花の都パリに住んでた事もあるおじさんだし少女漫画くらい読んでるんじゃないかなデカルト」
「興味ないし、知識をひけらかしてるみたいでウザい。あとデカルトうざい」
「失礼だろそれは。デカルトに」
「いやもう、デカルトはいいから……そもそもさ、折上はなんでその子を好きになったの?」
彼女は呆れ顔で、一気に、俺が最も切り替えられたくのない話題へと舵を切る。
「可愛かったから」
「うん、まあそうだよね。アンタならそーだろうと思ったけど。それってさ、可愛ければ誰でもいいみたい」
羽佐木は突いていた頬杖を外して、細めた視線を真っ直ぐにこちらへ向けて、
「それってさ、本当に好き、だったの?」
と。何気なく言われた何気ない一言だったけど、どういう訳か答える事も出来ず、俺は多分、固まっていた。どうして固まってしまったのか、返す言葉が詰まったのか、その原因が分からなかったから余計に。
確かに俺は、夏取が好きだった筈なのに。
そうして彼女の顔を見つめ続けたまま、始業の鐘が鳴ってしまって、また、今日も授業中は上の空だろうと、
時間通りに教室へと顔を出したハゲを見て、思っていた。
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