妄想とアイスクリーム

咲華リラ

妄想アイス

私の好きな人はアイドルをしている。

貴方はステージに立ってきらきらとした笑顔をみんなに振りまく。

そんな貴方が私は大好き。

でも、“みんなの”貴方は大嫌い。

嗚呼、ねぇ…





最初に貴方を見たのはたまたま買い物をしていたショッピングモールだった。

そこでイベントをしていた貴方を見つけた。

可愛らしい衣装に負けていないほど可愛い女の子がステージ上で一生懸命踊っていた。

私はその姿に目を惹かれ、思わず足を止めて魅入っていた。

貴方を見ていると私は胸の奥がぎゅーっと締め付けられて目を離せなくなっていた。

不意に目が合って、ニコッと微笑まれた次の瞬間には貴方の虜になって落ちた。

貴方のファンとして応援することを決めたのはそのとき。


それから、私が貴方に持つ感情が応援では無いことに気がつくのはもう少し経ったときのこと。






その日も私は貴方のイベントに向かっていた。

イベントの前に買い物をしていたとき、貴方に似た人が真横を通った気がして思わずふりかえってしまった。

その人は私の好きな笑顔で知り合いと思しき人に話しかけていた。

そして、聞こえてしまった。

その知り合いの人が貴方の名前を呼んでいる…

「うそ…愛華ちゃん…?」

イベント前でも相変わらず楽しそうにきらきらしていて、胸が高鳴る。

その時、貴方が私じゃない人に手を振って微笑んでいるところを見てしまった。

私の心に黒い靄のような感情が渦巻いて離れない。

“ねぇ、あの娘を見ないで…”

そんな感情が私の心を縛り付けて苦しくて私じゃない人に笑顔を振りまいているところとか、私じゃない人を目に入れていることが許せなくなってしまった。


「あぁ…そっか。」

完全に理解してしまった。

私は、貴方のことをただのファンとして好きなんじゃない。

心から大好きで愛していて、“恋”をしているんだって。

せっかく、ライブ前に会えたのにこんなドス黒い感情を知るなんて思ってなかった。

そんな、気の抜けたような絶望した目線で貴方を見つめていた。

“振り向け”

そう願いながら…


パチり、そういう音がしっくり来るように貴方は視線を動かした。

目が合った。

そう認識したのは貴方に話しかけられてから。


「ねぇ、いつもイベントに来てくれる子だよね?今日も来てくれたの!」

「は…い…」

驚いて、情けない声でたった二文字しか発せない私とそれにいつもの笑顔で話しかけてくれている貴方。

それが何ともアンバランスで、顔が強ばる。

でもこれは貴方に近づけるチャンスなのではと考えられるくらいには思考力が回復していたみたいで、会話を終わらせたくないと思っていた。

「そっかー、嬉しいな!ありがとうね!そうだ!名前はなんて言うの?」

「っ!咲です…。」

「咲ちゃんね!うん!覚えたよ!今日も全力で楽しませるね!!」


ねぇ、急に名前を呼ばないでよ、手を握らないでよ。

ドキリとして心臓が持たないよ…。

たった今、恋心を認めた相手からの思わぬ攻撃に私はまんまとハマって胸元までどっぷり浸かってしまった。

「…っ、すきです!」

「ふふ、ありがとう。こんな可愛い子に好きって言って貰えるなんて嬉しいなぁ!」

今はまだ、この想いが全部伝わらなくてもいい。他のファンと同じ好きだと思われていてもいい。

だって、お行儀良くしていた方が貴方に好かれるでしょ?

貴方に手を伸ばして貰えるようなそんな良い子でいるから、だから私が貴方のことを想いすぎて溶けてしまう前に迎えに来て。






それから貴方のイベントの日には必ず朝からその場所に行き貴方が会場に入るのを待って、会えたら少しお話していた。

そんなことを繰り返して貴方のトクベツになるために私は素直で良い子をずっとずっと偽っている。


今の私の生活は貴方を中心にして回っている。

朝起きて一番に考えることは貴方も起きているのかなとか朝ごはんは何を食べているのかなとか。

お昼にはちゃんと元気に過ごしているのかなとか何処にいるのかなとかイベントが無い日は何しているのかなとか。

夜は貴方のことを想って、考えて、想いが溢れすぎて妄想しちゃって窓の外が明るくなるまで寝れない。

夢の中でも貴方のことばかり。

Twitterで呟いていた食べていたものも買っていたものも纏っている洋服も全部、私も持ってるし食べてるし買った。

貴方が好きそうな洋服もそのブランドの新作も買って次のイベントで渡そうって思って部屋に溜まっていくばかり。

私の部屋には貴方への拗らせた想いとその想いが具現化したような産物が蔓延していて心地よくて息がしやすい。

貴方に包まれているかのように感じられて幸せなの。


そんな時に起こった大事件。

「うそ…フォロバされた、、、?」

思わず声に出てしまうほどの大事件。

どうしよう、フォロバありがとうございますとかリプした方がいいのかな…

でも、誤フォローの場合だってあるし…

そうやって考えていくうちに、下書きに溜まっていく貴方宛のメッセージ。

これ以上下書きに書けませんって言われるほどに募った想いはいつまでも私の中をうようよと彷徨っている。

こんなうじうじした私を求めてくれているわけじゃないのに…

私、本当にダメダメだな。







いつも通りイベント前にお話ができた時

「あ、あのフォロバありがとうございます。すごくうれしかったです…。」

「あ!そうそう!咲ちゃんだ~って見つけちゃって嬉しくなっちゃってフォローしちゃった…!」

秘密がバレた時みたいな笑い方で目を細めながら私を見つめる貴方。

胸が痛いほど鳴っている。

「あの!これ良かったら食べて下さい…」

「え!?いいの!!なんだろ~」

前に貴方が好きだって呟いていたミルク味のアイスクリーム。

あわよくば一緒に食べられるかもしれないなんて淡い期待を込めて二本そっと袋に入れて置いた。気がついてくれたらいいな…。

「わあ!私の好きなアイスだ!!知っててくれたんだね!ありがと~」

「は、はい…前にTwitterで言ってたので今日も頑張って欲しいなって思って…」

「うんうん!すっごく嬉しい!…あ!ねぇ二つあるじゃん!」

身体が強ばっていくのを感じる。

「二つあるなら、今一緒に食べようよ~」

「え、あ、いいんですか…?」

「うん!咲ちゃんと一緒に食べたい!」


ショッピングモールのベンチに座って大好きな人と同じものを食べているそんな状況が信じられなくて、美味しそうに食べている貴方ばかりぼっーと見ていた。

「あっ、垂れる…!」

アイスクリームが私の熱にやられてしまって溶けてきたのかななんて妙に冷静に考える。


「あ……え?」

「ん、甘いね。早く食べないと溶けちゃうよ?」

「あ、、ありがとう…?」

「ふふ、顔真っ赤かだね。耳まで赤いよ。」

い…ま、何が起こったの…?

貴方が私の垂れたアイスクリームを指で掬って舐めた…?

必死に今起こった事を考えて動けなくなっている私を他所に、アイスクリームはどんどん溶けていく。

それは指から腕まで伝って辺りには甘い甘い匂いが充満していた。


「ご馳走様でしたっ!本当においしかった!ありがとうね…!」

「一緒に食べられて良かったです…」

「咲ちゃんほとんど食べてなかったけどね。」

「あ、あはは」

「それじゃあ、もうそろそろ行かなきゃ!また後でイベントで会おうねっ。」

「…はい!楽しみにしてます。」


ーーーー暑くて熱い。

身体の火照りが止まらない。

嗚呼、やっぱり大好きだ…。

貴方の笑顔に触れたいもっと知りたい。


ふと目に止まったガチャガチャの間に埋もれているおもちゃのような恋愛みくじ。

吸い込まれるように100円を入れておみくじを引く。

「あ、大吉だ…」

頬が緩まるのを感じる。

“長く想えば想うほど願いは叶うでしょう”

私は、願いが叶いますようにとそのおみくじを大事にお財布にしまって、イベントへ足を向けた。


その日の夜はいつもより眠れなかった。

もし、付き合えたら何しようかだとか、どんな言葉をあげようとか

遊園地に行って一緒に写真撮ったりしてまたアイスクリームを食べたりとか、今度はひとつのモノをシェアしたりだとかそんな妄想ばかりしては夜は更けていった。

嗚呼、出来ることなら呼び捨てで呼んで欲しいな…


「さき…だいすき」

「あいか、わたしもだいすき」

「「しあわせだね」」





貴方に抱きしめられたような温もりを感じて起きる。でもそこにあるのはぬいぐるみ。

ため息をついて寂しさと虚しさを感じながらTwitterを開く。

タイムラインをスクロールしていると気になる投稿が流れてきた。

“愛華のつけてる指輪ペアらしい”

“ほんとだ、完全に一致してる”

“彼氏持ちかよ~”

名もしれない人達は、ご丁寧に写真まで持ってきて比較画像と愛華ちゃんの指輪が写る。

「いやっ!!」

思わず携帯をベットに放り投げて耳を塞いで目を閉じる。

そこに写るのは私と一緒にアイスクリームを食べていて幸せそうな貴方。

私たちは結ばれるんだよね…?

二人で幸せになれるんだよね…?

嫌だ、嫌だ、違うでしょ?

どうせ、デタラメでしょ?




「あー、咲ちゃんだー!」

「ね、ねぇ愛華ちゃん…」

「んー?どうしたの?咲ちゃん。」

「こっ、これってほんとう?」

あの画面を見せた途端、目を見開いて今まで見た事の無いような可愛いを作っていない心底驚いた表情をした貴方。

嗚呼、そんな顔も可愛いな好きだななんて本題じゃないことを思って貴方が発する言葉を待った。

「え、いやあの…どうしよう…」

どうしようか…

分かっちゃうのが嫌だなぁ、でもそれだけ私が貴方を見ているという証拠。

「そっか…みんなには秘密にしておくから大丈夫だよ!きっと直ぐ忘れてくれるよ…」

そんな良い子地味た言葉を発しても、やっぱり心はじくじくずきずきと痛んでしまう。

いや…だ…

嫌だよ…


その後どうやって会話を終わらせたかなんて分からない。

でも、噂が本当で、貴方には私じゃない好きな人がいて、その人は男の人で…

到底叶いっこない願いだった。

アイドルとファン、それだけでも大変な道なのに。

女の子と女の子はもっと厳しかった…。

誰かのものの貴方を見るのが辛い。痛い。苦しい。

それでも、好きな気持ちは変わらないから良い子でいる限り気にかけてくれるから。

私は、我慢する。


ーーだって、私のことだけを見てくれる貴方は私の中にずっといるから。

私の中ではずっと二人で幸せに暮らしているから大丈夫。


だから、私はあの日一緒に食べたアイスクリームを持って今日も良い子になる。


「愛華ちゃん!アイスクリーム食べよう…!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

妄想とアイスクリーム 咲華リラ @lilla8585

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ