第207話 謝罪

 全員にお茶が行き渡って、無音。

 みんなが記者を見ていて、その口が何を話すんだろうと待っていた。


「僕の予定では滝夜くんが事件にあって、そこから論壇を張ろうと思っていたんだ。まさかこんな風に軽薄な結果になろうとは思わなかった。申し訳ない」

「馬鹿者!!」


 師範の大声を初めて聞いた。

 記者の手前勝手な謝罪にみんなが何か言おうとしたけど、師範の一喝にみんな黙る。


「ひと一人の人権を阻害したことも分からんで記者を名乗るでない」


 記者の表情が少し変わった。

 師範の声は普通に戻ったけど、怒りが伝わってきておれまで怖い。


 記者────寺井さんはおもむろに居住まいを正し、おれに向かって頭を下げた。


「申し訳なかった」


 その様が、座ったままだったけど妙に真摯で、なんだか気が済んだというか、もう怒る気持ちは消えてしまった。

 しばらくして顔を上げた寺井さんは口を開く。


「提案なんだが、次回の研修について、記者同士の協定を結ぼうと思う」

「次回?」

「来週です」

「聞いてない」


 みんなが口々に言う。うん、聞いてないぞ?


「申し訳ない。成り行きが不透明だったためできるかどうかの判断が遅れていた」

「柳サンにはちょっと荷が重いんじゃないか? できるヤツがいただろう?」


 真下さんはぐっと詰まって、言い返せなかった。


「アンタのせいじゃん!」

「真下さんは頑張ってるよ」


 みんなでかばったら、真下さんこっち見てちょっと止まった。

 口元が少し開いたけど、何も言わないでくっと結んで、寺井さんに向き直った。


「確かに力不足だが、一人で動いている訳でもない。それより協定とは何だ?」

「僕はフリーだけど顔は広いんだ。まとめ上げて、研修中静かにさせることはできると思う。ただし、こないだの試合の時以上のメリットが必要だけど」

「大口の割に要求がでかいな。取材か」

「そう。ああいう出待ちじゃなくて、ちゃんとした」

「却下だ」

「固いな」


 この二人、知らないところでいつもこんな風に言い合ってたのかな。

 しかしちょっと疑問が。


「はい」


 手を上げて、質問の許可を求めてみた。


「なんですか?」

「どうして取材禁止なんですか?」


 中学生を守る為だって聞いてたし知ってるけど、今更だけどピンと来ない。

 だって、たとえば今ここで寺井さんに取材受けても、それは別に脅威には感じないからだ。

 試合の時はいきなりだったし、落ち着いて話もできなかったけど、静かに質問に答えるくらいならできると思うんだ。


「許可はすべてが許可になってしまう。限定しておくことで把握が容易にもなる」

「そこが問題だっていうんだ。報道はそこまで管理すべきじゃない」

「全国に100万人いるんだ、仕方ないだろう」

「申請制度くらい用意しても良かったはずだ」

「そんな余裕あるか!」

「無いのか」

「無い!!」


 言い切った。

 無いんだ、余裕。

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