第196話 お祝い膳

「輝夜、モコにメール、いや、通話していいか聞いて」

『はい、ふふっ』


 なんか、語尾が笑ってるんだけど。


『通話? いいよ。何?』

「あ、モコ……さん、」

『モコでいいし』

「じゃあモコ。これ、この本、貸してくれてありがとう! めっちゃ凄い! おれ、こんなの初めてなんだけど!」

『あ……、うん、喜んで頂けて結構だ。もう読んだのか?』

「いや、まだ。さっき読んで、もう凄くってさー」

『え?? さっき?』


 あ、いかん。


「えっと、うん、ごめんなさい。なんだか手が出なくてさ……」

『まあいいや。じゃあしばらくそれ読んで大人しくしてなよ。続編もあるから』

「えっ!? 続編もあるの?」

『うん、逆に言うとそこまでしかない。お亡くなりになられてな』

「え……」


 そうか。

 作者が存命だろうとなかろうと、作品はここにあるけど、その先は永遠に作られないんだよな。

 なんだかとても大きなものを亡くしてしまったような気がして、おれは胸が痛かった。


     +


 モコの言うとおりそれからおれは本の世界に没頭した。

 誠一郎と一緒になって、初めての江戸に来て、初めてのみせすががきを浴びた。

 何も知らない誠一郎はおれとおんなじで、何もかも初めて見るものばかりだった。

 不思議な吉原の言葉や町並み、かっこいい江戸弁でしゃべる謎のおじいさん、いきなり始まる命のやり取り……

 それはまるで異世界で、そしてよく分かる世界だった。

 こんな風に生きててもぜんぜん不思議じゃない。

 たとえばこんなに強くなくても。


     +


 おれは誰にも邪魔されず、晩ごはんの時間までぶっ通しで読んだ。

 輝夜に呼ばれて初めて、部屋が暗いのに気付く有様だった。


 階下に下りていくと、肉の焼けるいい匂いがだんだん強くなって、勢いおれの腹が鳴る。

 そういえばご馳走って言ってた。

 いつもご馳走なのに、わざわざご馳走って言う晩ごはんは、どんなものなんだろうって、ワクワクしてテーブルを見た。

 皿。

 皿がいっぱい。

 高級フレンチディナーだ!!!

 わあああ!

 超感動!

 凄い!

 ハノさん、シェフだったの??

 めっちゃ美味そう!


「ありがとうございます!」

「さあ、いただきましょう。ジュースを持って」


 ハノさんと師範は、赤いワインみたいなグラス。それを高く上げて、渋い声で師範が言う。


「滝夜くんの優勝を祝って」

「かんぱ〜い!」


 みんなも声を合わせてくれて、もう有り難みしかない。

 ありがとう。

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