第197話 本の旅

「こんなお祝いしてもらったことない! ハノさん、ありがとうございます!」

「あらあら」


 ホホホってハノさんが笑う。


「いつからやってたん?」

「小学校から。でも優勝とかしたの、初めてだから」

「ふ~ん。じいちゃんの稽古が良かったのかな」

「それはどうかな」


 師範はそう言うけど、影響はあったような気がする。

 確かに、御刀の抜き差ししか練習はしていないけど、なんというか、気構えというか、覚悟というか。

 いや、それより師範には聞きたいことがあったんだった。


「師範は5分の見切りとか、できるんですか?」

「うん? ハッハッハ!」


 笑われた。


「5分の見切り?」

「うん、斬りかかられても、自分には当たらないことが分かるっていうか」

「1分はだいたい3ミリというから、15ミリだな。自分の肉体から15ミリ以内の範囲に刀が通らないと、まあ創作だな」

「なあんだ~」


 ガッカリ。まあ、そうだろうけどさ。

 と、ハノさんがまんまるな目をして言った。


「あら、玄以様昔自慢してらっしゃったのに」

「これ、恥ずかしい」

「ホホホ」

「えっ? できるの?」

「さっすがじいちゃん」

「生ける伝説じゃな」

「いや、もうできんよ、ハッハッハ!」


 ────できたんじゃん!

 嘘つき!

 てか、もう凄すぎてヤバイ。

 もう、一生ついて行きます!!


     +


 小猫には読むの遅いって言われたけど、おれはそれから丸一日読書を楽しんだ。

 ちょっと恥ずかしいシーンとか時々あって、みんなの前で堂々と読める気がしなかったので、ほぼ部屋にいた。

 ハジメや陽太はそれぞれ何か忙しくしていて、楽しそうだったしおれを一人にしてくれた。

 ごはんのたびに顔を合わせて、何してたとか話したけど、ハジメは配信撮ったり陽太は実家戻ったりしてたみたい。

 ホテルのジムは空いてなくて、稽古もなかったし。


 読み終わったのは夕方だった。

 窓を見たら、飾られた花が西日を受けて金色に輝いてる。

 おれは身体を起こして、その未だかつて経験したことのない納得と、いてもたってもいられない衝動を持て余して、誰もいない部屋を見回した。

 途中で悲しくなって泣いたりした時とは違う落ちつかなさで、もう一度寝転び、また起きて、本の表紙や中をパラパラとめくってみたりした。


 誠一郎が旅に出たから?

 続編があるというのは旅に出た続きが語られるんだろう、想像は付く。

 それが見たいからこんな気持ちになっているんだろうか?

 ────いや、違う。

 物語はちゃんと終わっている。

 続きはあるけど、それはまた別の物語。


 この気持ちは、だから物語が終わったからこそ生まれているものなんだ。


「輝夜」


 無意識に呼んでいた。


『はい』

「聞いて輝夜」

『もちろんですよ』


 落ち着いて返す言葉に、おれは安心してこの本の旅を語り尽くした。

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