第193話 後悔
風呂掃除どころか洗濯機も回し、小猫が準備してくれた朝ごはんを食べ、洗濯物を干してから山入寺へ向かった。
木陰から射す光を皮膚に感じる。
蝉時雨、今日もいい天気だな。
稽古の時間はとっくに過ぎているから、手ぶらで来ている。道着も着ていないし、手持ち無沙汰っていうか、変な気分だ。
師範はこの時間、話ができるのかな?
分からないけど、どうしても顔だけでもいいから見たかった。
曲がり角から門前町の賑わいを見て、一人石段を登る。
背中が熱い。ここだけは日差しを除けるものが何もないからな。
門をくぐるとぱらぱらと参拝客、まずは道場へ向かった。
開いてる。
意外だ。
「こんにちは」
声をかけて入ると、師範が座っていた。
待ってた?
「こんにちは」
正対すると、不思議な感慨が湧き上がってきて、おれはまじまじと師範の顔を見つめる。
久しぶりに見たみたいな気持ち。
穏やかであたたかい、おれの師範。
「昨日はお疲れ様であった。優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
「夕べ儂も見せて頂いた。一つの結果が出せたというところか」
何と返事したら良いのか分からず、次の言葉を待つ。
優勝はしたけど、師範がそれをどう思うかは分からない。
優勝は結果だし、一つ一つの試合内容について、不満足だと思うかもしれない。礼儀作法に至ってはまるで覚えていなかった。注意されてもおかしくない。
おれはまだ、師範の価値観について良く分かっていなかった。
「気になった点は二つ」
何だろう。
「相手の隙が直ぐに目につき飛び込むことで、どこか作業になってしまっている点が一つ」
驚いた。
調子がいいとだけ思っていたけど、確かにそういう面があった。
早く終わらないかな、とか、相手を侮るようなところ。
「もう一つは早さ。わざわざ試合うために行ったのであろう。誠にもったいないと感じた。以上である」
もったいない。
考えたことなかった。
試合って勝つためにするんだと思ってた。
でも分かる。
別に長々と引き延ばせと言ってる訳じゃない。
相手の良いところを何も見ずに終わるなんてもったいないと言っているんだ。
衝撃。
師範にとってあの場は学びの場なんだ。
強いから?
いや、そうじゃない。
強いとか弱いとかじゃない、相手を人間として見ているからだ。
相手がどんな考えで動くのか、すべてを観察し、学ぶんだ。
おれは初めて昨日の試合を後悔した。
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