第185話 真下さんと交代

 もちろん真下は食べていなかった。

 第1試合終了から始まった帰宅勢を狙った記者を監視するために、カメラのない武道館の外、駐車場へのルートを見張っていたのだ。

 なんだかんだいってたくさんの目がある館内は、何かあれば色んな人が注意できるが、駐車場へ至る階段はオープンスペースで、しかも大勢が通過する。

 しかも昼休憩に入った途端、全ての人間が移動を始めて、他の人間も交代できる状態ではなくなっていた。


『マスター、運営の方に交代をお願いしました』

「えっ?!」

『大丈夫です、試合場が減った分余裕があります。休んで下さい』


 普段なら休みがないことに散々文句をつける真下だが、人の休みを奪ってまでしたいとは思わない。ウグイスが手配しなかったら、終わるまで空腹でいたかもしれない。

 さっきの事案を、目の前であったのに関わらず、彼女は見つけることができなかった。

 子どもを連れずに通過する人間が、みな一般客を装った記者に見えて仕方がない。

 人を疑うことに慣れていないのだ。

 ちょっと疲れている。

 自覚はある。

 人生経験が足りない。


「お待たせしました~控え室に弁当取ってあります」

「ありがとうございます」


 ぺこりとお辞儀して歩き出したら、「あの」と声を掛けられた。「大丈夫ですか?」と。


「はい」


 他に何を言って良いか分からなかったので、もう一度頭を下げて館内へ戻った。

 控え室に人は少ない。雑然とあらゆる荷物が置かれ、なんとか空けたスペースに段ボール入りの弁当とお茶が入っていた。


「お疲れ様です。すいません、散らかってて。ごゆっくり」


 そう言って運営の男性も部屋を出て行った。

 自分には何ができているというのか。

 そう思いながら頂いたお茶を飲んだ。


 午後は8+4+2+1で、計15試合しかやらない。

 それぞれ一度に行われるから、表彰式を合わせても1時間もかからない計算だ。

 計画表によれば、ベスト8の試合でもう片付けに入る。

 空いた人間からどんどん撤収作業に入る合理的な段取り。


 この後何もなくても、片付けまで手伝ってから帰ろう。

 そう思った。

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