第186話 咲良帰宅
「ただいま~」
咲良は疲れていたので、それだけ言うと自分の部屋へ直行し、着替えを用意してシャワーを浴びた。
早朝のロケだから早く終わるという訳ではないが、今日はたまたまであったにしろ早くて助かった。
観たいものがある。
「蓮」
『はい。今、準決勝です』
「勝ってるの?」
『はい』
「すご~い!」
リアルタイムでは観られないと思って、予め蓮に録画を残してもらうことをお願いしていた。
モニターを付けてネットを表示する。
GATEアプリを通じて動画を表示してもらう。
両者とも紺の胴着を着た剣士が向かい合っているところが表示された。
『少し画質が悪いかもしれません』
「これ、今?」
『はい。左が滝夜さんです』
「ありがとう」
今まで一度も観たことのない剣道の試合、ルールも勝ちの条件もなにも分からない。
でも、咲良は食い入るように見つめる。
勝って欲しいとかじゃない、彼が真剣にすることをただ見たかった。
竹刀の先が数度触れ合う。回り込んで位置が変わる。
剣道の試合は、殺陣みたいにずっと打ち合っていたりはしないのね。
音が聞こえないと思ってリモコンを手にしたら、画面にはもう一人しかいなかった。旗が揚がっている。
『滝夜さんの勝ちです』
「えっ、見てなかった」
一瞬だ。一瞬で決まってしまうんだ。
ちゃんと見てなきゃ。
『咲良さん、音声は入ってないんです。ごめんなさい』
「あ、そうなんだ……」
また構え合っている。さっきと同じ人?
『二本先取で勝ち抜けです』
「ふうん」
パ・パーン!
音は聞こえないはずなのに、激しく打ち付ける竹刀の音が聞こえた気がした。
またさっきのように旗が揚がって、滝夜が勝ったのが分かる。
最初の位置に戻るときの、歩き方が滝夜。分かった。
段取りを踏んで、四角いエリアから二人がはける。
「次は?」
『すぐに決勝です』
決勝────
「え? じゃあ次勝ったら優勝?」
『そうですよ』
「凄い……」
優勝。
さっき鮮やかに勝ちを見せた人が、滝夜だと分かったのに実感がわかない。
あの滝夜? のんびりうっかりのとぼけた滝夜? マジ?
堂々とした立ち回り、一瞬の打ち込み、ここまで勝ち上がってきた、あれが滝夜?
凄い。
カメラの外にいるはずの滝夜。今何を考えてるんだろう。
一度だけ見た、稽古中の姿を思い出す。
あれは、打ち合ってはいなかった。
決勝ということはあと二本取るか取られたら終わってしまう。
どうかゆっくり。少しでも長く見せて欲しい。
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