第170話 緑茶に梅干し

 綺麗な音楽で輝夜に起こされたおれが、まだ開かない目でハジメの部屋のドアを引くと、朝っぱらからクレアがキレていた。


『ほら滝夜さんが来ちゃったじゃない。貴方甘え過ぎなのよ』


 仕方ないので、おれはハジメの上にダイブした。


「うわあああぁ!!!」


 ふとんの下で悶絶するハジメ。


「うへへ、おはよー」

「……おはようさん……」


 いつもより早い時間の支度は目をつぶったままだ。時折り薄目を開けて物の位置を確認する。

 ライトは点けたから、動いているうちに目は覚めるはず。たぶん。


 外は真っ暗。こんなに暗くちゃ、そりゃ足元大注意だよな。

 着替えて下へ降りるとハノさんが師範にお茶を入れていた。


「おはようございます」

「おはよう」

「おはよう。ちゃんと起きられたのね、偉いわ。さあ、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます」


 夕べと同じイスに座る。

 目の前でまあるい茶碗に注がれる、綺麗な緑色。あったかい緑茶はおれにとってレアな飲み物。


「これも食べてね」


 差し出されたお茶請けは、ちんまりしたおまんじゅうに、こんぶ、梅干し。


 だえきじゅわー


 梅干しから行った。


「わあ、目が覚める!」

「おほほほ」

「酸っぱいけど、甘いって言うか、美味しいです」

「まあ良かった」


 梅干しもどちらかといえばレア。ある時はしばらくあるけど、ない時の方が多い。

 買ってなくてもらい物だからかもしれない。


「あらおはよう、だいじょうぶ?」


 よろよろとした足取りで階段を降りてきたハジメ。


「おはようございます」


 ボソボソっとした小さい声で、いつものハジメはどっかへ行ってるらしい。


「よく起きたわね、偉いわ。さあ、どうぞ」

「あ、ありがとうございます-」


 このマッタリタイムを睡眠に充てたかったんじゃなかろうか、ハジメ。


 たんたんたんたん


 足取り軽く降りてきたのは小猫。

 眠そうな顔してるけど、それは元から。

 今日は珍しく学校ジャージ着てるけど。いつもはスカートなのに。


「山に虫はつきものなのじゃ」


 ハジメがカッと目を見開いた。


「いやスプレーあるから」


 ハジメの目はしんだ。


「おほほほほ、ああ面白い」


 ハノさんは楽しそうに笑い、飲み干した茶碗なぞを手早く片付ける。


「ごちそうさまでした」

「ふふふ、何かおなかに入れないと、目が覚めないの。さ、行きましょうか」


 夜桜って言ってたのを、明るく照らされた歩道を歩きながら思い出した。

 お客さんも撮影ポイントまで安全に移動しなきゃいけないんだもん、そりゃ歩きやすいようにするよな。滑りにくいスロープがほとんどで、階段はまとめて作ってあり、手すりが付いている。


「待ちなさい」


 師範代がハノさんを止めて、竹ぼうきでザッザッと掃除を始める。持ってたの知らなかった。

 そうか、スロープは滑らなくても濡れ落ち葉は滑る。師範はこれを心配してたんだな。


「手伝います」

「よい。慣れておるでな」


 師範はお寺でも掃除してた。確かに慣れてるんだろう。


 でもこの手持ち無沙汰感……

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