第124話 以後お見知りおき願おう

 ぺこりとしてその場を去ると、外には日差しがまた戻ってきていた。

 それを避けるように背を向けて、本堂の裏手へじゃりじゃりと進む。


 古い建物は外からじゃ見分けが付かない。

 入り口らしき場所から中をのぞき込むのも、違ったら恥ずかしいしどうしようかな、と思いながら歩いて行くと、ちゃんと看板があった。


 古めかしい木の板にかすれた墨痕で、山入道場。

 でもシーンとしていて、剣道場特有の音はしない。

 誰もいないのかもしれないな。

 そう思って気軽に戸を開けてみた。


「ごめんください」


 カラカラといい音をさせて開いた戸の奥には土間があって、下駄箱、右手に上がり框、その先に道場。

 磨かれた床が広がって、とても静かだった。


 キラッ


 目の端に、光。

 それに引かれて無意識に靴を脱ぎ、上がった。


 キラッ


 一閃の燦きに瞬きをして、目を開けると刃は鞘に収まり膝立ちに乱れが無い。

 気迫? ────闘気のようなものが正座するとともに、きれいにおさめられて端然。


 凄い。


 と、その人が目だけ動かしてこっち見た!

 おれはただ突っ立ってボケッと見てたのを恥じて、慌てて正座した。頭を下げて礼をする。


「こんにちは。────久我滝夜と申します」


 そう言って、もう一度頭を下げる。

 心臓がバクバクしていた。


「ここへ座りなさい」


 その人が言った。

 腹に響くような声、そしてたぶん、動きは最小限。

 弾かれたように動いてしまう肩を落ち着けてから、立ち、一礼し、敷居を跨ぎ、一礼、その人の正面へ、目測で3メートルほど開けて座る。

 そして、礼。


「山田玄以と申す。陽太の祖父である。以後お見知りおき願おう」


 この人がおじいちゃん(陽太談)!

 ぜんっぜん違う似てない!

 何この古豪!


 陽太 → チビ可愛い子ども感ぼんぼん

 玄以さん → 高身長骨太剣豪低音声カッケェ!


 おれの脳内で、陽太のオタク部屋と目の前の人との共通点を探してぐるぐるする。いや見つからん!


「お世話になります。よろしくお願いします」


 とりあえずこれだけ言えた。


「剣道をやると聞いたので中村氏に伝言を頼んだ。早々にお越し頂いて忝い」

「いえ、滅相もない。さっきそこで聞いたので」


 なんて答えたらいいんかな、これずっとこの調子なの?


「剣道と抜刀術は違うものだが良いのか」

「抜刀術……居合と剣道が違うということは大まかですが知っています」


 でも……でも、さっき見た光景がまだ心臓を鳴らしてる。

 陽太に聞いた時はまるで深く考えてなかったけど、今はもっと見たいという気持ちでいっぱいだ。


「ご迷惑でなければご教授下さい」


 礼。

 頭下げ過ぎって思われてるかな。

 でも、自然に身体が動いてた。


「承る。明日朝六時此処で」


 渋い声でそう言うと、スッと立ち、歩み去った。

 振り返って見れたのは、戸が閉まってからだった。

 異様な緊張感。未だかつて経験のない。


 師範、────師範でもういいよね────足音しなかった!


 裸足で板間踏んで歩くと、どうやったってギュっていう音がすると思うんだけど、全然!

 いないと確認した後できた、身体の震え。


 あの人は強い! マジで強い!

 こんなの、たぶん師匠以来だ。


 昔、習ってた────強かったんだって思ったのは、結構最近だったけど。

 人の縁の不思議に感謝。

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