第123話 世の中はうるさ過ぎるしゴチャゴチャし過ぎる

 寺はそんなに大きくなくて、人も少ない普通のお寺。

 やっぱりここまで上がってくるのが大変だからかな?


 本堂らしい正面の建物、左右に売店? お守りとか売っている店と、もう少し小さい建物。


 足音をジャリジャリいわせて、本堂の前に来ると、木製の階段が広くとってあって、靴がたくさん置いてある。

 これ、勝手に上がっていいのかな?

 看板にも、「ここで靴を脱いで下さい」って書いてあるし。


 何も考えずに靴を脱ぎ、上がってみる。

 中は暗くて、畳が敷いてある広い空間、奥に柵があり、仏像が鎮座している。

 天井からは金色に見える、照明なのか別の何かなのか、装飾めいて飾られている、特殊な空間だ。


 何人かが座っているなと思ったら、その隅にお坊さんがいた。

 説法か?

 何か話をしている。

 おれは興味が無くて、ざっと見たらもういいやとばかり背を向けた。


「あれ、滝夜……くんだよね?」


 知らない声がおれを呼び止めた。

 ギクッと背中が驚いて、恐る恐る振り返る。

 知らない男。


「ああ、初めまして、僕は中村愛菜の父親です。娘がお世話になります」


 マナ……?

 よく見ると男の影に丸っこいシルエットが座ってる。


 ああ、中村さんだ。

 そういえば、車組でお父さんと来るって言ってた。


「あ、えと、こんにちは……」


 中村さんは今日も完全装備だ。

 暑くないのかな。

 それとも、暑くてもしなければならないくらい必要なのか。


「こちらで説法をしていると聞いてね。いきなり大勢と混ざるよりはとも思いまして」

「そうなんですか」

「うちの娘についてどれくらい聞いてます?」


 さあ困った。

 ほとんど知らない。


「すみません、他の人から大雑把にしか聞いてません……」

「ああ、いいんですいいんです。知らないなら伝えるだけです。これ作ってきたんで読んで下さい」


 そう言って渡されたのは二つ折りにされた白い紙。

 開くと【取説】と書いてある。


「とりあえずダメなこと、パニックになったらどうするのか書いてあります。難しいことはありません、お願いします」

「分かりました」


 もらった紙をざっと読んで、ゴーグルとヘッドホンが聴覚と視覚過敏のためであることが理解できた。

 そうだな、世の中はうるさ過ぎるしゴチャゴチャし過ぎる。


「あ、滝夜くん。道場は奥にあったよ。せっかくだから見てきたら」


 道場!

 そういえば、そんなことすっかり忘れてた。


「でも道着とか置いてきちゃったから」

「別に稽古する訳じゃなくってもいいんじゃない? 挨拶だけでも」

「そっか。じゃあ行ってみようかな」

「うん」


 にこにこした、ちょっとせっかちだけど親切なお父さんだった。

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