第112話 和風家屋

 カラカラっと玄関の戸が開いて、人が出てきた。


「おう、よう来たな」


 出てきたのは宝小猫、略して妖怪!

 おまえが出迎えるのかよ!


「こんにちは、はじめまして、久我滝夜の母です。こちらは妹の朝湖です。よろしくお願いします」

「よろしくー」


 母さんと朝湖がぺこりしているのを見て、おれはフクザツな気分でどうしたらいいのか、もう。


「おまえもお客だろ。山田くんは?」

「ハルたんか? 陽太はるたと呼んでやれ」

「陽太は? いないの?」

「まだ寝ておるだけじゃ。ヒェッヒェッ」


 まだ寝てる! さすがやべえな、甘やかされ具合が!


「わしはまあ、ヨメのようなもんじゃからして、案内するからついて参れ」

「ヨメ……」


 嫁、という単語からこんなに遠いヤツもいないだろう。

 母さんも朝湖もあっけに取られてる。

 しかし、家の者然としてついて来いと言われてしまっては、付いて行かざるを得ない。


「ごめんくださ~い」


 おれ達はその大きな和風家屋へ踏み入った。

 日本家屋に入ったの、初めてだ。


 木が、板間が、ともかく美しく贅沢に広い。

 三和土は黒っぽい石で張られ間口は広く、上がり框は分厚い板が長く敷かれて、木目が照り照りと美しかった。

 用意されたスリッパを履きながら、元は大木だったであろう樹木の、艶のある一枚板の衝立を眺めた。


 その先の廊下は寝転べるほど幅がありまっすぐ伸びて、突き当たりは遠い。

 左側から光が射すのは窓が続いているから。右手には襖が整然と並んでいる。

 なんていうか、静穏というか奥床しいというか、落ち着いた素敵な空間だった。


 ────ただの廊下なのに、侮れない。

 いつもはうるさい朝湖が、あり得ない大人しさで小猫の背中に付いていってる。

 長いと感じた廊下の突き当たりは右折して、その先にもやや細い廊下が、今度は分岐もあり続く。

 左右左……いくつか折れて、どうやら目的地に着いたらしく、小猫が膝をついてそっと襖を開けた。


「ここじゃ」


 そこは小ぢんまりとした和室で、これは旅館とかで見たことある室内。

 真ん中に座卓、周りに座布団、壁際には床の間があり、外を眺めれば眺望。


「まあ素敵なお部屋ね」

「うん、すごい」


 おれも同意。


「こちらはお母御と妹御の部屋じゃ。おぬしは大部屋」

「あ、そう」


 ちょっと拍子抜けだが、まあ、そうだよな。ママや妹と一緒がいいかっていうと、それは違うし。


「箪笥、冷蔵庫、金庫などご自由にお使い下され。Wi-Fiもふりーじゃ」

「やった!」


 おれも内心やった!

 Wi-Fi、大事だよな!


「滝夜を案内してくるゆえ、のんびりお茶でもどうぞ。茶菓子は寺の茶屋の銘菓じゃ。うまいぞよ」

「いただきま~す!」

「ありがとうございます。さすが温泉地ね」


 二人がお茶を入れ始めたところで、後ろ髪を引かれながら移動。


「おやつ欲しかったか?」

「うるせえ」


 欲しかったよ!

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