第90話 何他人事みたいなこと言ってんだよ

 おれ達は三人でしゃべりながら歩く。


「でも、なんだかんだ言って、みんな、江口くんには、気安く、しゃべれるじゃん」

「気安過ぎなんだよなぁ」

「でも、よくあんなに女子へ行けるね」

「ホントだよね」

「え? それはさー、行ってナンボっていうかー、行かないと始まらないじゃん」

「行き過ぎが、良く、ないんじゃない、かな?」

「オレみたいな顔の男は数行かなきゃダメなんだよ」

「えっ、そりゃイケメンて訳じゃないけど、別にブサイクじゃないじゃん」

「オレが言いたいのは顔良くもなく運動神経もなく頭も良くないってことー」

「あー」

「あー」

「アピールだよアピール。自然にしてたらないんだよアピール。自分から行かなきゃ」

「あー」


 良く分かります。


「で、でもさ」


 井川くんが慌てたように言った。井川くんは元々、慌てたようなしゃべり方だけども。


「違う人にも、というか、色んな人にも、だと、本気、じゃないって、思われて、損なんじゃ、ないかな」

「それな!」


 なんだ、分かってるんじゃん。


「それなんだよ、数当たれば誰かって思うけど、それなんだよ」

「当たった人の前じゃない人にすれば?」

「そんなの覚えてられっか」

「ええ~!」

「ええ~!」

「ほんとに本気じゃないんじゃん!」

「いや違う! っていうか違う訳じゃないけどそうじゃないっつーか」


 なんだなんだ? はっきりしなくなったぞ?


「よくわかんない」

「あー、やっぱりさー」


 同意から求められても。


「何?」

「……」


 黙る。

 黙ってる江口くん珍しい。思わずマジマジ見ちゃう。


「お前さァ……」

「おれ? 井川くん?」

「お前、滝夜」


 あ、おれだった。


「ハイ」

「お前、どう思ってんの」

「は?」


 うつむいたまんま、江口くん。


「……」


 意味がわからない。どうしちゃったの。


「あ、分かった!」


 井川くんが大声を出した。江口くんがますますうつむいた


「何?」

「ダメだよ、滝夜くん。追及したら」

「追及?」

「いや、もういい」


 どゆこと?


「言えねーだろ、絶対無理なやつには」

「絶対無理な子にも言ってるような」

「違……、」


 井川くん、何が分かったの?? 教えてよ!


「つまり、絶対、無理だと、思ってるから、みんなに、言ってる風、にして、様子、見てるんだ、よね」

「……まあそう」


 ふ……複雑ぅ!

 単純そうに見える江口くんが、そんなこと考えてるなんて。

 しかも、それ、分かっちゃうなんて。

 二人とも、すごいなぁ。


「二人とも、すごいね」

「何言ってんだよ」


 褒めたのに、怒られた。なぜ?


「お前当事者じゃん。何他人事みたいなこと言ってんだよ」

「え?」


 当事者……??


「もう、イライラする。オレの本命は花野咲良なの! いらないなら変われよ」


 まったくもう! と吐き捨てて、早足でどんどん行ってしまう。

 井川くんが追いかけるけど、おれは動けなかった。


 咲良?

 本命??


 おれは全然思ってなかった。

 咲良を相手に、本当にアプローチする奴がいるってことを。

 いや、咲良を本気で彼女として考える奴がいるってことを、想像すらしていなかった。


 マジかよ……


 おれは自分がそうだからって、みんなが同じように、相手は遠い芸能人だから、所詮手が届かないと思ってると、そう考えてた。

 でもそう言われれば、だって咲良だもん、近くにいたら好きになっても不思議じゃない。全然、おかしくない!


 おれは違うけど、あんな記事が出たくらい人気のある女優なんだ。

 近くで笑ってたら、惚れちゃうよな……


「おれが悪かった」


 もうずっと先に行ってしまって、聞こえないけど。

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