第82話 何か悩んでないかしら?

 そしてずっと、ずっとだ。

 ハジメがひと言も口をきかない。


 エロロ軍曹の乱入にも、気のない視線を送っただけだった。

 弁当はもう食べてしまったようで、ただたまにお茶を飲んでるハジメ。

 服部さんがチラチラ彼を見てる。心配なんだな。


 何があったんだ??

 おれも、もの凄く心配だ……


「なあ、ハジメ」

「……」


 思い切って声をかけると、ハジメは顔をだるそうに向けた。口はへの字に閉まってる。

 服部さんや咲良、後ろの刈谷くんが瞬時に注目するのが分かった。

 やめてキンチョーするやんけ。

 そして刈谷くんの反応は意外。


「何かあった?」


 まずは聞いてみた。


「や、別に」


 そんな訳あるかい!


「そんな訳ないでしょ!」


 おれは思っただけだったけど、突っ込んだのは咲良だった。


 これ、怒ってますよ……?

 ハジメも目を見開いて驚いてる。

 コワイよ? このヒトは……


「そうよ、ハジメくん。何があったの? 様子がずっとおかしいわ」


 服部さんが勢いを借りて発言する。

 ずっと心配してたんだな。


「いややな~、ほんまに何もあらへんよ? うたごうてるの? よくないで」

「なんで隠すのよ。おかしいでしょ」

「隠……、いやあ、心配してくれてはんのはわかるけど、人には言えない悩みくらい俺にもあんのよ。相談とかするような種類とちゃうやつ。だからそっとしといたげて。お願いや」

「そう言われちゃうと何にも言えないけど……」


 あの咲良がトーンダウンした!

 お願いとか言われたら、それ以上聞けないもんなぁ。

 確かに人に言えない、おれ達にはまるで関係ない悩みだって可能性があった。でもハジメのセリフで、少なくともおれ達に関係ない悩みでは、ないことが分かった。

 関係ある。でも言えない。


 あー、一体何があったんだ!

 おれ達のヒーローであるこのハジメに!!


「分かったわ」


 服部さんが、覚悟を決めたような顔で言った。


「クレア!」

「あっ!」

『はい』


 ハジメが、ハッとする。

 クレアに聞くなんて方法があった! 頭いい!


「ハジメくん、何か悩んでないかしら?」


 みんなが緊張して返事を待つ。

 果たして?!


『悩んではいませんよ』


 はあ~

 そのセリフに、みんなの気が抜ける。


「うそ!そう言えって言われてるんだわ」


 でも服部さんは納得してない。

 そう、それにクレアは言った。「悩んでは」いないと。

 それに気づいてしまったら、何かあるってことには間違いないって思う。

 一瞬弛んだみんなの空気が、再び緊張する。


「悩んではいないって、どういうことなの?」


 おれも聞いてみた。

 やべえ、ハジメのクレアに口きいちゃった! 有名人? のクレアちゃんに!

 でもそんなことで舞い上がったら、おれの輝夜に悪いな。


「問題はありそうね」


 咲良もうなずいた。

 ハジメはさっきからずっと、視線を逸らし続けてる。

 固唾を飲んで見守るおれ達に、クレアは言った。


『あのう、問題がないって訳じゃないんですけど、みなさん、黙って見守っていただけませんか?』


 ふぅ、と、ハジメが息をついたのをおれは見逃さなかった。

 やっぱなんかあるんだ。

 たぶん、尋常じゃないやつ。


「どーゆーことよー?」


 聞いてたのか、マコちゃんが言う。

 ハジメの問題は、っていうか、このメンバーの問題は、みんなの問題なんだ。


『もう少しで片がつくので、大丈夫なんです、ということです。だから、もう少し待って下さい』

「後でちゃんと話してくれるんでしょ~ね?」


 いや、なんでマコちゃんに??

 みんなが心の中で突っ込んだ。

 まあそれはともかく、おれも聞きたい。

 本当に大丈夫なのかを。

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