第49話 無期限の刑

 少年からの電話を取った時、柳真下は上司と遅い昼食中だった。食べていたアンチョビサンドをむぐむぐしたまま出たので、しばらく無言だったのは詫びても良かった。


「あ、あの、昨日名刺もらった久我滝夜です。柳さんですか?」

「……」


 慌てず騒がずむぐむぐ。


「あの? あれ? 間違えたかな……? 柳さんじゃなかったですか?」

「……」


 ごくん。

 それからメロンコーラを飲んで、ごくり。


「???」

「お待たせしました柳です」

「あ! ええと、おれ久我滝夜と言います」

「うむ、少年、何があった?」


 少年?? ……まあいいけど。


「あの、ハジメが────いや、同室だった子から動画が送られてきて、おれつい拡散してしまったんですけど、輝夜が……おれのケアウグイスが、連絡した方がいいって言うので」

「伊野一だな、把握している。確かにまずい。手を打とう」


 やっぱりマズかったんだ。 少し考え過ぎなのかなとも思っていたんだけど。


「残念だが、ネットにおいても大人しくしていて欲しい。質問は?」


 質問?

 先生みたいだ。

 ちっこいのに。

 そういえば白衣だし、理科の先生だったりとか保健室の先生とかだったりするのかも。


「手を打つって何をするんですか?」

「具体的には少年の痕跡を消す。友達の記憶までは消せないが」


 ネットに上がったものは消せないってよく言われるのに、輝夜も柳さんも簡単そうに言い切ってるなあ。できるんだろう、この人たちにはきっと。


「ハジメの動画はこの後も続くと思うけど、捨てアカウントならいいですか?」

「ウグイスが用意したものならいい。しかし、なるべく控えて欲しいな」

「じゃあそれでやります」


 おれ一人の力なんか大したことないけど、気持ちだけでも応援したい。そういうの、めったにないことだし、自分がそんな思いを抱くってこともめったにない、特別なことだと思うから。


「他に気になっていることは?」

「いつまでですか?」


 こういう、非日常的なシチュエーションにおいて非日常的な制限がかかるのは、まあわかる。

 でも、新学期が始まったら日常が戻ってくるんだ。あと4回、その時はいつもとは違う状況でもいい。でもおれの生活の大部分は日常でできてるってことを、主張したかった。


「ほとぼりが冷めるまでだな」

「ほとぼり……」


 ほとぼりってなんだっけ?

 堀? 掘り?

 んな訳あるか。


「まあ無期限だな」

「ええっ!」


 無期限……

 目の前が真っ暗になった。

 ずっと?

 ずっとダメって、一生??


「今年度は諦めてくれたまえ」

「……」


 柳さんがあんまり普通に言うから、おれは言葉を失った。

 一年なんて永遠に近い間、ダメなのかよ……

 もうなんて言ったらいいか……

 そんなの、ひどい! ひどいよ!

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