第40話 違う世界のきみとさよなら

「まあ、そんな殺伐とした離婚ばかりではない。協議離婚と調停離婚だ。ざっくり話し合いと言ったが、調停とは間に他人が入るものだ。

 家庭裁判所に調停を申し立てると、調停委員がそれぞれの話を聞いて解決を手伝ってくれる。

 離婚でもやり直しても別居でも、双方の合意が得られれば調停は終わる。

 調停不成立になると裁判になる。

 そして、ただ単に二人での話し合いでの離婚が協議離婚だ」


 離婚離婚言われてるだけで、充分殺伐としてるんですけどね。


「離婚時に話し合いで決めなくてはならない項目は次ページに載っている。いつか君たちが離婚する時参考にするといい」

「そんな時来なくていいよ~」

「三回くらい参考にするかな」

「お前なんか一回も結婚できんわ」


 笑いが起きる。

 なんか、一体感を感じるなあ。

 そしてヨコから咲良メモが差し出される。


“片付けて”


「これで第一回の研修は終わりだ。みんなご静聴ありがとう」


 パラパラと、やがて大きな拍手がうさ衛門先生に贈られた。

 生後半年のホーランドロップイヤー、その割におじいちゃんなうさ衛門先生は、ゆっくりとお辞儀をした。


「最後に一つだけ。終了後、仲良くなった者たちで連絡先を交換したり写真を撮ったりするかもしれない。

 その際、住所や電話番号、学校名を教えないようにしてほしい。考え過ぎかもしれないが、トラブルを避けるためだ。

 つながりはSNSで足りると思うし、君たちのケアウグイスは伝言を伝えてくれる。

 そして申し訳ないが、先に花野くんと久我くんは退出する。二人、立って」


 おれたちは起立する。

 みんながこっちを見てる。

 名前、分からない奴もいるけど、自分のクラスみたいだった。

 何かあったら連絡くるのかなぁ。

 彼女はともかく、おれにはくるのかなぁ。

 ハジメくらいはくれるかなぁ。

 ああ、先に帰らないといけないのか……


「二人、さよならをしよう」

「さようなら」


 ぺこり。

 頭を下げて、ちょっとしょぼんなおれ。


「後で連絡する」


 ハジメ、声かけてくれた!

 いいヤツだなぁ。


 昼とは違ってそろそろと退出したおれ達は、特に何もしゃべらず、ただ歩いた。

 他の会議室ではまだ終わってないようで、声がもれ聞こえている。

 妙にしんとした通路をただ彼女に従って歩いていく。


 頭の中では今日あったことがぐるぐるしていて、もうお別れだというのに、彼女にどんな言葉をかけたらいいのか分からないままなのに。

 どこへ向かっているのかはすぐに分かった。さっき使った業務用のエレベータだ。


 ダメだ、そんなところすぐに着いてしまう。そして着いてしまえばさよならが待っている。


 おれは後悔していた。

 どうしてもっと、たくさん話しておかなかったのか。

 どうしてもっと……


 エレベータが見えた。もうお別れだ。そう思っておれの足は止まった。

 彼女はそれに気づかずにエレベータ前まで歩いて立ち止まる。


「予定通りだな」


 女性の声がした。朝会議室にいた、白衣でメガネの女性だと、直感で分かった。


「久我くん」


 白衣の女性は顔を見せて、まさかのおれに話しかけた。

 呼ばれておれは、ようやくそこまでたどり着く。

 自分より小さいその人は、感情の表れない顔で言った。


「分かっていると思うが、咲良のことは他言無用だ。これは自分のためにもな」


 他言無用────誰にも言うなってこと。

 確かにそうするつもりだったけど、そんな風に言われると思い知る。彼女は有名な女優で、世界の違う人だと。


「これは僕の連絡先だ。ウグイスを通じて連絡することもできる。君に何事もないことを祈るよ」


 大げさだな。

 そう思って花野咲良を見ると、本当に心配そうな顔をしてた。


「そんな心配いりませんよ、ははは」


 乾いた笑いしか出ない。


「何かあったらわたしにも連絡して」

「うん、分かった」


 ここを出たら君は別の世界の人。


 それからおれは、一度も彼女の目を見られないまま、一人で家に帰った。

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