第41話 誰にも話せない
「ただいまー」
「おかえりマンボウ」
母さんがいつものおかえりを言って、リビングのパソコンの前からこっちを見た。今日も仕事。いつも母さんは、おれ達子どもがいない時仕事してる。
「朝湖は?」
「もう帰ってくるんじゃない?」
どうやら遊びに行ってるらしい。
おれはなんだか疲れていて、それ以上話す気になれず自分の部屋へ上がる。
ベッドに転がったら、しんどさが増して起き上がれる気がしねえ。
なんていう一日だったんだ。
これをどう誰かに話せばいいんだろう。
そう考えたら、そういえば彼女はこれをテレビで話すのだと思い出した。
インタビューか……
おれも、上手な誰かに聞いてもらえば話せるんだろうか。
少なくとも、友達には話せる自信がない。
今日研修を受けた人にだって、ちょっとムリかもしれない。
うさ衛門先生のことや内容なんかなら、笑って話せるだろうけど、それはおれのいちばん誰かに聞いてもらいたい話じゃない。でもその話はできない。
だってみんなは彼女とペアではなかったんだから。彼女のことは話してはいけないと、言われたから。
別に自慢したい訳じゃない。おれがどう思ったのか、どんなに感情が揺さぶられたのか話したいだけなんだ。
「ゴハンよ~」
呼びに来た声にはっとする。寝てた訳じゃないけどぼうっとしてた。
今いきなり部屋へ帰ってきたような気がする。どうやって家まで戻ってきたのか、あまりにも現実感がなさすぎて。
腹は減ってるから、とりあえず一階へ降りようとするけど、階段の音が心許なくてふわふわしてる。
「食べる前にうがい手洗い弁当箱」
いつものセリフに弁当箱がアレンジされてるぜ、と思いながらのろのろとカバンを開ける。
母さん特製? デカ弁当。
これ、花野咲良と向かい合って食べたんだぜ……
全然味分からなかったんだぜ……
「ごちそうさま」
うちでは、母さんが洗い物終わる前に出さないと、弁当箱や給食セットを洗ってもらえない。
そんなの、自分で洗えばいいんだよな、ホントは。いやむしろ、おれが洗い物すればいいんじゃね? そうだな、やるか……
そんなことを考えてたら、母さんが「おーい、生きてるかー」と生存を確認してきたので、とりあえず「は?」と言っておいた。
「えっ? えっ??」
いちばんに食べ終わったおれが、食器を運んで洗い始めたのを見て、母さんが挙動不審になった。
「何? どういうこと? マジ? すご~い! おりこ~! かっこい~素晴らしい~素敵~! これもお願~い」
褒め言葉連打でちゃっかり自分の食器をシンクに置いていく。いいよ、洗うよ今日は。
「滝夜どうしちゃったの」
片ほっぺもぐもぐさせながら朝湖もじーっと見てくる。こっち見んな。
「研修行った甲斐があったわね!」
「ほんとじゃね」
うるさい。
「ねーねー、テレビ見ようよー。今日咲良出るんだ」
「どうぞ」
うちではテレビは許可制。音が出るから、迷惑と思う人がいたらNG出してもいい。
朝湖がテレビをつけて、声を上げる。「もうやってる!」
咲良、の名前を聞いただけで、無意味に胸が痛くなる。昨日までは朝湖と同じように、咲良って呼び捨てにしてたのに。今考えると、それまでの方が身近に感じてた気さえする。彼女のこと、それよりも知ったのに、間近で声も聞いたのに。どうしてだ、おれ。
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