第28話 婚姻届を書いてみよう

 済んだら会議室直行って言ってたから、彼女がどうなったか分からないけど、自分の会議室を探して戻る。そうか、ここに出るのか。

 もう始まっているから、辺りに人はいない。そろっとドアを開ける。


 一瞬、こっちを数人が見た。

 ギクっとする。


 ホント心臓に悪い……


 一番後ろのドア側の席は、つまりこういう理由で決まった訳だ。


 もううさ衛門先生が何かしゃべってるぽいけど、おれには聞こえない。やっぱり指向性スピーカーだ。すげえ。

 やがて静かにドアを開け、彼女が戻ってきた。何かあったのかもしれないけど、とりあえず安心だ。


 しかしおれと違って彼女の場合は、気付いたやつが隣の肩を叩いたり、小声で「帰ってきた」とか教えたりしてすぐ騒ぎになった。


「二人でどこ行ったんですかー」


 立ち上がってまで聞くなよ、江口。


「江口くん、静かに」


 江口は黙ったけど周りはまだザワザワしている。


「みな静粛に。彼らは必要があって適切な行動を取っている。少し遅れたのも予定の内だ。しかし、みなの動揺を呼んだのも事実。花野咲良くん」

「お騒がせして申し訳ありませんでした。次回以降もご迷惑をおかけするので、どうしても許せないならばケアウグイスを通して、運営へお知らせ下さい」


 この中の誰かが、どうしても許せないと考える、その可能性をおれは信じられなかった。ちょっとの遅刻くらいでそんなことを考えるなんて、心狭過ぎるだろ。


 だがおれは分かっていなかった。

 ちょっとの遅刻くらいで済まされるような、そんな可愛らしいものでは済まなくなることを……


「さて遅刻の二人、次は結婚だ。後ろに閉じてある婚姻届を書いてみよう。点線で切り離してくれたまえ」


 それでさっきぴりぴり音がしてたのか。おれ達は揃って切り離す。でも二枚いるか?


「二枚になるのには理由がある。帰ってから見たいかもしれないし、片方にとってはそうでもないが、片方にとっては大事な思い出になるかもしれない。それを嫌だと思うならば、そう告げてガッカリするのも経験。本当に書く場合でも書き間違えることがあるから、二枚あった方が良い」


 うさ衛門先生は疑問にバシバシ答えるなあ。


「ただしこれは個人情報になる。住所、電話番号、生年月日は書かないか途中までで良い。さあ書いてみよう」


 婚姻届。

 初めて見た。当たり前か。

 すごいペラペラの紙なんだな。


「自分で書けるとこ書いて渡して」

「おー」


 抵抗ないんだなー。

 ま、勉強だし、勉強。


「名前、生年月日、住所……うちって何町だっけ?」

「知る訳ないじゃん」

「書けないとこは書かなくていいですよ」


 ケアウグイスが教えてくれる。


「本籍……? うわ、書けないとこばっかり」

「本籍、わたしは知ってるけど、知らない人の方が多いよね。必要ないもん」

「そもそも意味が分からん」

「うん」


 中学生の知らないことは割と多い。

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