第26話 タメ口で話して

「あのさ」

「ハイィイッ!」

「……」


 その無言は呆れたから。仕方ないだろ! こっちは慣れないことの連続で緊張しまくりなんだよ!


「ハァ────」


 深ぁいため息つかれた。

 お気持ちはお察ししますが、無理なもんは無理なんです。


「あのさ、言っていいかな」


 これは同意を求めているのではない。今からミサイルを撃つので構えなさい、と言っているのだ。

 嫌です! と言いたいけど拒否権なんかないのは知ってる。


「わたしはあなたと同じ中学生ですー、女優とかしてるのは忘れて下さいー、じゃないと会話できませんー」


 ホラ無理難題。

 しかも若干腹立つ言い方。


「どうやって忘れるのか教えて下さいー」


 お返ししてやる! どうだ!

 調子に乗ったおれにミサイル飛んできたー!


「知らんわー!」


 ぶっす──!!


 おれのデコに、綺麗に整えられた彼女の右手人差し指の爪が、華麗にぶっ刺さった!


 ピュー

 血が!

 血ィ出た!


「あらごめんなさい」


 彼女は自分の爪をキレイにティッシュで拭いて、それをおれの方へポイっと放った。

 これで拭けってか!

 なんだこの女!


「それで謝ってんのかよ」

「あら怒ったの」

「怒るに決まってんだろ!」

「で、どうするの」

「どうするって……」


 殴る……訳にいかないし、そもそもおれ誰かを殴ったことないし、ええ? どうすればいいの?


「……ともかく謝れよ」

「さっき謝りましたー」


 クッソむかつく!


「謝ってねーだろ! バカにしたような態度しやがって」

「じゃあ、ご・め・ん・な・サイ♪」


 ムカつく────!

 ムカついても何もできん────!

 余計ムカつく────!


「申し訳ございませんでした」


 ぺこり。

 机に顔が付くほど、彼女は頭を下げた。


 ……へ?


「貴方にくだけてもらえないと困るから……」


 だから怒らせたってこと? わざと?

 怒りやイライラはまだ治らないから混乱する。そんなこと言われて、頭で理解できたって、この気持ちはどこへやればいいってんだ。


「タメ口でいいし、友達面していい。緊張しないで、 テキトーにしゃべって。だってわたし、これから貴方にずっと迷惑かけるかもしれない。それなのに貴方がわたしに何も言えないんじゃ、貴方文句も言えないわ。酷い目に合わせてるのは、わたしなのに」


 ……そういうことか……


「……い……ぞ!」


 声がする。


 バタバタ……


 足音も聞こえる。複数だ。

 同時にバイブレータが振動した。ケアウグイスを見ると、暗い画面に文字が浮かんで見える。おれのは『滝夜さん』彼女のは『咲良さん』

 うっすら見えてるお互いに頷き合う。画面は続きを表示する。


『咲良さんを4人が探しています』

『部屋の明かりを消して下さい』


 彼女は心構えができていたかのように、指示に従ってさっとライトを消した。

 全く見えなくなって、目をパチパチする。

 明かりはケアウグイスの表示だけだ。


『カバンを持って下さい』


 弁当あらかた食べ終わってて、良かった。でも片付けていない。

 ドアの隙間から、四角く光が枠を描いているせいで、目が慣れるのは早かった。そっと弁当の蓋を取り、しまおうとする。


 カチャッ


 小さな音でもビクッとするほど驚く。心臓に悪い……

 箸だけでもびっくりするほど音が鳴る。

 どうにか片付け終わると、表示が変わった。


『向こうのウグイスと連携します』

『部屋に戻るよう誘導されるので』

『左隣の部屋へ移動して下さい』


 点滅して、これが指示であることを強調する。同時に少し離れた場所でサイレンの音が鳴り、『会議室へ戻って下さい』の声が聞こえる。


「戻れって」

「ええ? せっかく──」


 言い合う声に注意しながら、素早く移動する。

 隣の部屋は開いていた。閉めようとしたが手を引っ張られてできなかった。音もするし、必要ないんだろう。


 広い場所で、奥に業務用のエレベータらしきものがある。彼女は迷わずボタンを押した。この階に止めておいたのか、すぐドアが開く。二人で乗るには大き過ぎるエレベータだ。

 さっとボタンを押して、ほっと一息ついた彼女は、「ごめんなさい!」と身体を二つに折って謝った。


「いやいいよ」


 なんかもう、全然許せる。

 彼女はこれ以上ないくらい悪いと思ってくれてるし、こういうのも、別に面白いと思えなくもない。


「だからもう謝んなくていいから」


 彼女にはどうしようもないんだし、相手がおれなのは偶然なんだし。

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