第25話 ふたりでお弁当

 ちょっ、ちょっと何?!


 髪の長い犯人がおれの腕を拘束したまま走っている。まだ外に出ている生徒は少ないようで、あまり見咎められることなく駆け抜けた。

 ここに来るときに使ったエレベータには目もくれず、会議室の裏へ回り、非常階段を全力で降りていく。真っ暗なフロアに出てジグザグに走り、小部屋に入ってドアを閉めた。


 ハアッ

 ハアッ

 ハアッ

 ハアッ

 ハアッ

 ……


 息を整える間、犯人の俯いて見えない顔を見つめる。

 長い髪で隠れた顔の、ほんの少し見えるおとがいの先。

 白くて華奢な、まるい輪郭。


「ごめん、巻き添えにして」


 まだ息が切れている。


「どういうこと?」


 彼女が逃げるのは分かる。でもなんでおれを連れてきたんだ?


「貴方と一緒にあそこにいたら、写真撮られて晒されていたと思う。本当にごめんなさい」


 そういうことか。


「え? それってつまり、これからずっと……?」

「ほんっとーにごめんなさい!」


 何度も頭を下げる、花野咲良。

 おれはちょっと、ついていけなくて、呆然……


「時間ないしお弁当食べよう。ここは事務局が用意してくれた部屋だから大丈夫」


 確かに時間ない。帰りもまた、気付かれないようにギリギリで走らなければならないなら。


 部屋は小さくて、机が一つ、椅子が二つ、向かい合わせに置かれてる。おれは彼女と向かい合って座り、弁当を食べるハメになった訳だ。

 彼女はカバンを開けて、小さな巾着から小さな弁当箱を取り出す。黄色くて、ひよこの柄のお弁当箱。


「お母さん……」


 つぶやいたところを見ると、初めて見たんだな。

 おれの視線をどう思ったのか、彼女は言い訳を始めた。


「違うの。これはちっちゃいときに好きだったの。お母さんが勝手に……」

「昔使ってたやつ?」


 それにしちゃ新しい。新品といってもいいくらいだった。


「違う。子供の頃好きだったキャラクター……」


 なるへそ。


「普段、お弁当なんか要らないから……」

「遠足とか野活とか」


 彼女が使ってた略称を言ってみる。


「あ、うち、お弁当要らなくて」


 へえ~。

 恥ずかしながら彼女は、ちっさい箸箱をかちゃかちゃ言わせて箸を取り出す。短い。そして可愛い。

 蓋を開けると、見事なひよこのキャラ弁が現れた。


 カパッ


 蓋閉めた。

 恥ずかしいのか。そんなに。


「もう見ちゃったんで」

「……」


 無言でそれを聞いて、ハッと何かに気づいてもう一つカバンから取り出したものは……


「やっぱり……」


 脱力。

 お手製のと思われるシンプルで格好いい袋から覗いたのは、黄色い水筒だった。たぶんお揃い。


「まあいいじゃん。子供の頃めっちゃ好きだったんでしょ」


 しばらく固まっていたが小さくうなずくと、開き直ったのか彼女はお弁当を食べ出した。

 おれもでっかい母さん特製? 弁当を食べる。


 考えてみると、女子と二人っきりで弁当食べるなんて初めてかもしれない。

 いや初めてだ。いや朝湖とならある。いや妹はノーカンか。初めてだ。


 しかもこんな二、三畳しかない部屋で、向かい合わせで。

 チラッと見ると可愛いし。よく考えたら相手女優だし。小さくごはんを摘んで小さな口に運び、はむっと食べるくちびるがツヤツヤしてる。


 自分がぼうっと見てるのに気が付いて、慌ててメシをかっこんだら、味がしないし詰め込み過ぎだし、何食べてんのか分からんくなってお茶で流し込んだ。


「男子って本当によく食べるよね」


 目を白黒させながらやっと返事する。


「そ、そう?」

「代謝量が違うのよね。運動してる?」

「してる。剣道」

「そうか、なおさらよね」


 うちの女二人が食べる量を合わせても、おれが食べる量に及ばない。時々母さんが言ってるから知ってる。


 そこから沈黙。

 何か言わねば……何か言わねば……

 グルグル頭の中を掻き回しても何も出てこん!


 弁当箱に当たる箸の音と自分の咀嚼音だけが鳴り響く狭い部屋……逃げ場無し。

 どうしたらいいんだどうしたら???

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