第47話 魔物の濁流

 父が家にいない以外はなんの変哲もないある日、俺はこれまたいつも通り迷宮に潜っていた。もう完全に深層での戦闘が習慣となり、強敵といわれている魔物の癖もほとんど把握した。


 スムーズ、とは言えないが、危なげなく魔物を屠ることができるようになった。最近は魔物の素材を使って自分の魔道具の制作に充てたり、売って家のみんなの欲しがっているものを買ったりしている。


 今日も魔物の素材を売って手に入れたお金でみんなに何を買って帰ろうかと焦点をぶらぶらしながら悩んでいると、町の大門あたりから爆音と遅れて悲鳴が聞こえてきた。


 音のなった方向を振り返ると、土煙と共に家屋のがれき、そしてわずかにだが赤い煙も上がっていた。俺はそれを見た瞬間、街中であるにもかかわらず足元に突風を生み出し、猛スピードで現場へと直行した。


 到着した現場を一言でいい表すとすれば、地獄そのものだった。その景色はまるで前世で俺が死んだときのような赤い、ただただ赤い空気が流れ、周囲には絶えず誰かの悲鳴が響いている。


 その中で、装備を身に着けている冒険者たちが町の人々に襲い掛かろうとする魔物と戦っており、何とか魔物の侵攻を防いでいた。しかし、魔物の群れは見る見るうちに増加していき、非常にゆっくりではあるが押し込まれているように見えた。


 と、俺が追い付いたそばから瀕死の重傷を負った冒険者がこちらに吹き飛ばされてきた。


「ぐぅはっ…。」


 蛇型の禍々しい結晶のまとわりついた魔物の薙ぎ払いによって吹き飛ばされた彼は、空中で吐血しながら飛ばされていた。俺は急いで風魔法で彼の体を受け止め、魔道具を使って彼の怪我を一瞬で治癒した。治癒魔法と属性魔法は並行して使うことがまだできないので、とっさの判断だった。


「っく、すまない。この礼はこの戦いが終わったら必ず!」


 彼は斧を抱えて再び魔物の大群へと向かっていった。


 斧使いの彼が戦線に戻ったのをちらりと見届けながら、戦況をすばやく確認した。魔物はすべてヘルメスの迷宮に湧いて出る魔物に何かしらの変化が加わった姿形をしていた。


 ヘルハウンドの頭は二つや三つに分かれていたり、スライムは強力な酸を放出していたり、とにかく雑魚モンスターですら深層の魔物と同等以上の力を発揮していた。


 それに、俺が最近よく迷宮の深層で戦っているデス・スケルトンの変異種らしきものもいた。


 俺のあとからも冒険者が続々と集まってくるのだが、その数以上に魔物がどんどん押し寄せてくる。


 さっきの斧使いの彼と同じような装備を身に着けた男たちが魔物の侵攻を食い止め、その後ろから弓使いや、魔術師が殲滅すると言った流れで魔物を討伐しているのだが、いかんせん数が多すぎて、砂漠に針で穴を開けているようなものだった。


 俺は聖級魔法を使うか否か迷いながら、彼らをサポートする。そうして何とか魔物の大群を抑え込んでいたのだが、際限なく湧いて出てくる魔物にどんどん押し込まれていく。そしてついに、壁のように立ちはだかっていた冒険者の一角が突破されてしまった。


「ぐあぁぁぁぁ!!!!」


 まだまだ奥のほうにいたはずのデス・スケルトンの変異種が彼らを吹き飛ばしたのだ。小さな穴はみるみる広がっていき、抜け出した魔物たちは町のほうへと走っていく。


「《星賢者》!俺の代わりに詠唱しろ!」


〝命令を受諾しました。速やかに行動へ移ります〟


 杖を背中に背負い、代わりに朧霊刀を短槍の形状にして取り出し、抜け出した魔物たちの前に立ちふさがる。こちらに向かってくる雑魚の魔物はすべて《星賢者》が焼き払い、切り裂き、吹きとばした。俺が相手をするのはまるでお伽噺に出てくる魔王がそのままスケルトンになったかのような姿をしたデス・スケルトンだ。


 いつも俺が深層で見ているデス・スケルトンとは体格からして大きく異なり、獲物も大鎌から俺の身長の二倍はあるのではないかと思うほど巨大な大剣になっていた。純粋にあの大剣が鉄でできていると考えると、約五トンの質量を持っているだろう。


 そんなものを頭上に振り下ろされたらどれだけ屈強な大男でも踏みつぶされたトマトのようにあっけなく潰されてしまうだろう。


 俺は常に回避に徹し、スケルトンの動きが止まった瞬間にのみ攻撃を叩き込み、徐々に残りの冒険者も駆けつけてきており、一度できた穴もどんどんふさがれていく。


 それに付随して俺のほうに流れ込んでくる魔物の数も減り、《星賢者》の魔法も目の前のスケルトンに向かって飛んでいくようになる。


 これまで周りにあまり注意を向けていられるような余裕がなかったため気が付かなかったのだが、《星賢者》の使う魔法は異常なほど精緻なものになっており、俺も無詠唱で魔法を使えるのだが、空に描かれる魔法陣に一切の歪みがない。


 それでいて、俺が自力でやると二つまでしか並列起動できないものを、俺よりもハイクオリティで13個並列起動して見せた。


 さすがは賢者の名前だと思いながら、俺は徐々にデス・スケルトンを追い詰めていく。さっきまでは俺だけで戦っていたため一進一退の戦闘だったものが、《星賢者》の完璧なサポートのおかげでこちらが優勢に変わった。


 デス・スケルトンの数多の骨を切り砕き、ついに膝を地面に着かせる。一気に距離を詰め、デス・スケルトンの核である左胸の魔石を砕くべく槍を深く突き出した。


 しかし、デス・スケルトンは地面に突き刺していた大剣を勢いよく抜き、そのまま横薙ぎに振り切った。とっさに俺は突き出した槍を引き寄せ、柄の部分で受けたのだが、尋常ではない衝撃を殺しきれず思いっきり吹き飛ばされてしまった。


 いくら背後で暴風を生み出しても止まらず、やや勢いが落ちた状態で民家の壁に体をたたきつけてしまい、一気に肺の中の空気をすべて押し出した。


 《星賢者》がすぐに治療してくれたため折れた肋骨が心臓に刺さることもなかったが、もし俺が《星賢者》の権能を持っていなければ間違いなく戦闘不能、下手をすれば死んでいただろう。


 全身のどこにも麻痺が残っていないことを手早く確認し、俺はすぐにデス・スケルトンのところへと急いで戻った。


 デス・スケルトンに吹き飛ばされて戻るまで十数秒と立っていないかったのだが、すでに奴は住民を襲い掛かろうとしていた。


 慌てて住民のところへ急ごうとするのだが、それよりも早くデス・スケルトンは大剣を振り下ろした。周囲にとてつもない轟音と衝撃波、砂埃が上がった。


 俺は全く動揺せず、デス・スケルトンの懐に入り込んだ。奴は大剣を不自然に地面から伸びた岩の柱によって奪われ、足元を氷の柱によって固められて、完璧に身動きのできない状態で拘束されていた。


 今度こそ俺はデス・スケルトンの核である魔石を貫き、討伐した。


 どっと溢れてくる疲労感を何とか抑え込んで俺はまだ魔物の大群と戦っている冒険者の下へと向かった。


 一時間ほどここから離れていたのだが、戦況は大きく変わってはいなかった。何とかぎりぎりで変異して強力になった魔物を押しとどめている状況だった。しかし、集まった冒険者の数は五百をわずかに超え、圧倒的に死傷者は減ったように見える。


 その中にはイリスの姿も見えた。彼女は冒険者の後方から魔法を撃って援護に徹していた。一応腰にはこの前使っていた剣を帯びているが、それには手もかけず両手を突き出して魔法を撃っていた。


 俺はさっきと同じように《星賢者》に魔法を任せ、彼らの隊列に加わることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る