第46話 異変

 ヘルメスの街の北部三番街に在る家まで彼女を送り届けたあと、俺はすぐに冒険者ギルドへ向かった。以来の達成報酬を受け取るためだ。三枚分の依頼書を提出して、それぞれの討伐証明も出したあと、報酬を受け取って商店街へと向かった。


 今日は時間があるので、魔道具をこの世界でも作れるのか試してみようと思ったのだ。魔法の形態が変わっているこの世界で、俺が前世で培った魔道具の知識が通用するのか、通用しなかった場合、どうすれば前世と同じ効果を出せるのか調べたかったのだ。


 とりあえず時間をかけずに作れる属性剣を今日は制作しようと思う。簡単な付与や、魔力による容量の改変は問題なくできることは収納の魔道具を作ったときに確認している。


 それに、6年前にアメリアに渡したペンダント型の魔道具でも魔力の増減幅をモニターできることは確認できた。しかし、属性を込めた魔法陣が機能するのかは未だ未知数だ。なにせこの世界と前世では根本的に魔法の質が違う気がする。


 不安に思いながらも俺は武器屋で安い鉄剣を買い、道具屋でインクと彫刻刀を購入した。


 それらを持って家に戻り、魔道具を作るために父から内緒で借り受けている部屋にこもった。予めミヤに誰も部屋に入れないように言ってあるので、万が一この世界で魔道具を無許可で作るのがアウトな行為だったとしても見つからないという算段だ。


 気兼ねなく魔道具の制作ができる環境になった部屋で鉄剣を取り出し、インクに俺の魔力を込めて擬似的に魔含インクにし、剣に付与魔法の魔法陣を描いていく。いつの時代も安い鉄剣はきちんと研がれていないのか表面がザラザラしているのだが、魔法陣を描く上では非常に便利だった。


 予定では表面に魔法陣を彫刻刀で描いたあとでその上にインクを馴染ませるつもりだったのだが、その手間が一つなくなったのでラッキーだった。


 スラスラと魔法陣をかきあげていき、簡単な魔法剣(仮)が完成した。早速俺はその柄を握り魔力を軽く込めてみる。魔力を込めてすぐには剣に属性が付与されなかったのだが、徐々に光の粒子のような魔力が剣にまとわりつくようにして集まっていく。


 そしてその魔力が完全に剣を包み込んだ瞬間、属性剣は激しく発火した。


“規定の条件達成を確認。個体名フェルディナント・ヘルグリーンに《魔力感知》を付与します”


 《星賢者》の声が聞こえ、俺は先程の光の粒子のようなものが見えるようになった。《魔力感知》は非常に便利そうな能力だが、そもそも以前から言っている規定の条件とは一体何なんだろうか?


“回答します。規定の条件というものは世界の理によって生み出された能力を得るための試験のようなものです。これによって手に入れた力を《能力》と呼び、生物が生まれ持って来る力、《権能》と区別します”


 ちょいちょい疑問に思っていたことまで教えてくれる《星賢者》さん。非常に有能だ。つまり、能力は努力して条件を達成すれば極論誰でも手に入れることができるが、権能は生まれ持った才能のようなもので、選ばれた人間にしか使うことはできないものなのだろう。


 生まれてくるときから力の優劣があるということを知り、少しばかりこの世界の残酷さに体を震わせるのだった。


〜〜〜〜〜


 俺はカルテイラ。非常によくできた息子とかわいい娘、そして兄の分までやんちゃしているのではと思うくらいやんちゃで小さな息子、計三人の子供と非常に良くやってくれている俺にはもったいない妻を養う一家の大黒柱だ。


 最近はフェディも冒険者としてそこそこ収入を得ているようだが、成人するまでは俺の脛をいくらでもかじらせるつもりだ。あいつがいくら遠慮したとしても、そこだけは譲らない。


 フェディは物心ついたときからおよそ子供らしくなかった。その原因は先祖返りであることを俺は知っているのだが、もしそれを妻に言ってしまえば少しフェディに対する接し方が変わってしまうかもしれない。


 それに、フェディも俺たちの子供であろうと毎日頑張ってくれているので、わざわざその関係を崩すこともないだろう。そう思ってこれまでズルズルと打ち明けるのを引き伸ばしてきたのだが、そのせいでいつ打ち明けるべきかわからなくなってしまった。


 まぁ、そんなことはどうでもいいとして、今、俺が率いる騎士団の大隊は異形の魔物と対峙していた。


 一見するとヘルメスの迷宮によくいるヘルハウンドなのだが、体毛の色や、異様に伸びた牙、そして2つの首を持っており、警戒してアテナの騎士団から一個大隊が送られることになったのだ。


 そして俺はその大隊長を務めている。異形の魔物との戦闘は細心の注意を払って行われ、今のところ一人の死者も出していない。しかし、あの魔物は非常に協力で、油断すればいつ誰が死んでもおかしくない状況である。


 絶妙な均衡状態を保ちながら、一日、二日、一週間と戦闘は長引いていく。当初は二日も粘れば消耗して魔物も弱体化すると思っていたのだが、全くと言っていいほど弱体化する様子はない。むしろ戦闘が長引いていくにつれて少しずつではあるが強くなっている気がする。


(はぁ、まだまだ家には帰れなさそうだ…。)


 俺は憂鬱な気分で九日目のキャンプでの朝を迎えたのだった。


〜〜〜〜〜


 父が遠征に出てからもう一ヶ月がたった。父が遠征に向かった地域から離れたこの街にも、父が指揮をとっている大隊とそれと戦う魔物の話も入ってくるようになった。


 どうにも、異形のヘルハウンドが現れたようなのだが、その体躯、強さ、細かい姿形も異なるようだ。しかも、はじめは迷宮の主ほどの力しかなかったそうなのだが、だんだん大隊との戦闘が長引いていくうちにその強さが上がっていき、今では大迷宮の守護獣をも軽くひねり殺せるほど強くなっているそうだ。


 行商人からの伝聞なので少しは大げさになっていたり情報に齟齬が含まれていたりするだろうが、それでも父がかなり危険な魔物と戦っていることに違いはないだろう。父の強さは長年稽古をつけてもらった俺が一番よくわかっているはずだ。


 それでもそれほどの魔物と戦っているのであれば、絶対ということはないだろう。それに、父がいくら強くても人間であることに変わりはなく、傷を負えば動きは鈍るし、仲間が死ねば心の傷は増えていく。


 なんとも言い難い不安が俺の心の中で広がっていった。


 かくいう俺は今日も今日とて迷宮に潜っている。最近では依頼を受けてクリアするのにそこまで時間がかからなくなったので、深層まで潜ってより強い魔物と戦っている。


 しっかりとアメリアと父の教えを守り、常に戦闘中であっても周りの警戒を途切れさせることなく目の前の魔物だけに目を向けてしまわないように戦っている。


 それ故に迷宮特有の何もない壁から急に魔物が湧いて出てきても、曲がり角で待ち伏せをしている魔物にも冷静に対処できる。そのせいで、ちょいちょい後ろをついてきているイリスのことに気がついてしまうのだが、何を話せばいいのかわからないため、基本的に知らないふりをしている。


 流石に強敵がイリスの近くに湧いて出れば諦めて彼女を助けるのだが、正直彼女がなぜ俺のことをここまでつけてくるのかわからない。単純な好意などのたぐいであれば気を抜いて接することもできるのだが、もし敵意を含んでいれば気づけない可能性があるので軽々しく会話もできない。


 この世界で一番俺が図りかねている他人との距離のとり方が未だにいまいちよくわかっていないためこうなってしまうのだ。だからこればっかりはもう勘弁してほしい。


 頭の中ではこんなことを考えながらも俺は大鎌を振りかぶってこちらに突進してきていたデス・スケルトンを苦もなく討伐していくのだった。

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