第41話 卒業

 俺は9歳になった。妹も普通にコミュニケーションが取れるような年齢になり、弟も屋敷の中を動き回るようになった。


 俺は上級魔法のほとんどを習得して、いくつかの独自の魔法も手に入れた。アメリア曰く、この年齢でここまでできる魔術師は世界中探してもほとんどいないだろうということだった。師匠である彼女にそう言ってもらえると非常にうれしいものだ。


 いつものように庭に出て彼女の授業を受けようと待っていると、いつもとは少しばかり表情の違う彼女が出てきた。何か不穏な気配を感じ少し心の中で身構える。


「さて、もう私からフェディに教えてあげられるものもあと一つになってしまいました。」


 彼女は寂しそうにそう言う。


「今日は卒業試験を行います。」


 不穏な気配は残念なことに的中してしまった。俺は屋敷から離れたところにある平原に連れていかれる。彼女は初めてこの屋敷に来た時と同じような格好をしていた。


 両手には濃紺色の魔石が嵌った杖を抱え、少し大きめのシャツの上にダボっとしたえんじ色のローブを着ている。


「さて、フェディ。私は今から聖級の魔法を使います。おそらく私の魔力総量では一度発動させることでやっとでしょう。なので一度しか見せられません。この一回で見て覚えてください。」


 聖級の魔法。俺は彼女のことを引き留めようと思ったのだが、4年間で彼女のことはよく理解できたと思っている。そして、俺あ知っている彼女は本気でものをいうときはジト目がぱっちりと見開かれる。


 そして今はそのジト目もぱっちりと見開かれ、瞼の奥の美しい緋色の瞳が見えている。


 俺は彼女との別れることに少し悲しさと寂しさを感じたが、せめて弟子が師匠にしてあげられることをしてあげようと思った。


 アメリアは両手に杖を握りそれを空に向かって掲げた。


「大地に恵みを与える雨雲よ、今ここに集い給え。その恵みを糧に、我の願いを叶え、神の鉄槌である雷を一つに束ね、かの敵へと落とし給え。《ラース・オブ・ミョルニール》!」


 彼女が詠唱を進めていくにつれて掲げた杖の先に黒い雲が集まっていく。そして、彼女が詠唱を完成させるとその黒い雲から何条もの雷が地面の一転に向かって落ちていく。


 俺は似たような魔法を前世で見たことがある。ライムの《雷帝》だ。しかし、彼女が放った今の魔法は、発生した何条もの雷一条一条が雷帝並みの破壊力を持っていた。


 雷が落ちた場所にはクレーターができており、今の攻撃力の圧倒的な破壊力の高さを物語っていた。


 顔面蒼白になりながらこちらを振り返るアメリア。


「さあ、フェディもやってみてください。」


 俺は《星賢者》もフル稼働して今の魔法、《雷神の怒り》の原理を考えた。おそらく一文目の詠唱で雷雲を発生させた。これは上級の《召雷》と同じ原理だろう。そして二文目の詠唱で《召雷》を並列発動させてその攻撃を一点に集約させたのだと考えられる。


 俺はその原理を思い浮かべながら無言で両手を空に向ける。そのまま静かに詠唱無しで魔法陣を構築していき、《雷神の怒り》を紡いでいく。そして俺の中で満足のいく魔法陣が完成したと同時に思い切り魔力を放出した。


「《ラース・オブ・ミョルニール》!」


 俺が完成させた《雷神の怒り》。それはアメリアが先ほど落とした雷よりも二回り太く大きく何よりもまばゆい光を放っていた。


 俺はこの魔法をあえてより強いものに変えて放った。今まで魔法や勉強だけでなく、本を読むだけではわからないようなことを教えてくれた彼女へのせめてものお礼のようなものだ。


「本当にフェディはすごいですね。もう今の私に教えられるものはありません。」


 アメリアはさみしそうな、悲しそうな、それでも嬉しそうな表情をした。ちょうど夕日が落ちてきて、彼女の後ろに夕焼けの空が広がる。


 夕焼けの中微かにほほ笑む彼女の顔を俺は一生忘れることはないだろう。そう思えるくらい俺にとって心洗われる景色だった。


〝既定の条件達成を確認。《並列詠唱》《増幅詠唱》を個体名フェルディナント・ヘルグリーンに付与します〟


 …。なぁ星賢者よ。せっかくハイスペックなんだからこの感傷に浸っている俺の気持ちの邪魔をするタイミングで出てこないでくれ…。


〝以後気を付けます〟


 俺はそんなことを思いながら魔力の枯渇寸前でふらふらしているアメリアの手を引き、我が家へと歩いて行ったのであった。



~~~~


 家に帰ると、両親とメイド全員でお祝いの準備をしてくれていた。なんでも、俺の卒業祝いだそうだ。あらかじめ両親はアメリアから今日で俺が卒業することを聞いていたそうで、俺たちがいない間にお祝いの料理を作って待っていてくれたそうだ。


 魔力切れを起こしかけて青い顔になっているアメリアに母が水色の液体を渡し、飲ませた。前世での記憶がこの世界で機能するのであればあれは魔力ポーションだろうか?


 ポーションを飲んだとたんアメリアの青い顔はいつもの少しジト目に戻った。


 それから俺の卒業祝いは始まった。いつもは食事の時も壁際で俺たちのようすおw 見守っているメイドたちも今日は一緒に食事をしていた。なんでも、母がお祝いの時にそんな堅苦しいことをしているのでは面白くない!と言ったそうだ。


 父も同じ意見だったそうだ。おかげで俺はメイドの人とも仲良く話すことができた。といってもミヤを含めてみんな俺に敬語を使っていたのが非常にむずがゆかったのだが。アメリアとも食事をしながら話をした。


 彼女が冒険者として今まで経験してきたいわゆる武勇伝のようなものを聞かせてもらったり、彼女の故郷のことを教えてもらったり。故郷のことを話しているときの彼女の顔は優れなかったが、武勇伝を話しているときの顔は本当に彼女が楽しんでいるときの表情だったので俺は話を聞きながらこちらとしてもうれしい気持ちになった。


 と、談笑に花を咲かせていると、父がグラスをフォークでカンカンと鳴らした。それが合図だったかのように、メイドの三人が一度部屋から出ていき、それぞれ包みを持って父、母、アメリアに手渡していた。


「フェディ、アメリアさんから聞いたよ。もうお前は聖級魔法を使えるようになったそうだな。父さんが知らない間にお前はどんどん高いところに登って行ってしまう。もう何年か経ったらお前もこの家を出て行ってしまうだろう。それでも忘れないでほしい。父さんは何があってもお前の父さんであり続ける。」


 そう言って父は俺に細長く、重たい包みを手渡してくる。包みをほどいて中を見てみると、その中に入っていたのは微かに光沢のある一振りの刀だった。


「その刀は父さんが昔迷宮に潜っているときに手に入れた魔剣だ。銘は《朧霊刀》。その刀はお前が大切にすれば必ずお前を助けてくれるだろう。」

「ありがとうございます、父さん!」


 俺は思わぬプレゼントに少し感動してしまった。


「フェディ、もうお父さんに言いたかったこと全部言われてしまったから母さんから言うことはもうないわ。父さんのプレゼントに比べたら少し見劣りしてしまうかもしれないけど大切にしてね。」


 母はそう言って四角い包みを手渡した。俺はそっと包みを開けると透明な箱の中に三個の指輪が入っていた。


「その指輪は魔道具でそれぞれちゃんと効果があるわ。ここで説明するのはちょっと野暮だったから中に紙を入れておいたからあとで読んでね。」

「ありがとうございます、お母さん!大切にします!」


 俺は母からもらった赤、青、緑の宝石がそれぞれ嵌っている指輪を大切にテーブルの上に置いた。


「私からも贈り物があります。本当ならあなたが中級魔法を覚えた時点で杖を贈るのが魔術師の通例なのですが、あまりにもあなたが優秀だったので時間がかかってしまいました。もうフェディは聖級を身に着けているのにまだ杖を贈っていなかったので、少し遅くなりましたが私からは杖を贈らせてください。」


 そう言ってアメリアは俺に杖の入った包みを手渡した。包みの中にはアメリアの持っているものと同じ造形ではあるものの、杖の先端にはめられた宝石がアメリアの濃紺の宝石ではなく、アメリアを彷彿とさせる深紅だった。


「魔術師は師匠が作り上げた魔石を核にした杖を贈るのが通例です。本来は一年前後で作り上げたものを核にした杖を贈るのですが、フェディは早い段階で上級の魔法も習得してしまいました。そんなフェディを満足させられる杖の核を作り上げるのに三年半かかってしまいました。その分素晴らしい出来になっていると思います。」


 アメリアはどこか不安そうに俺の顔をうかがっていた。俺はアメリアの言っていた深紅の魔石に軽く触れてみる。その魔石からはひんやりと冷たく、それでいてどこか心の奥底から温めてくれるような感覚。まるでアメリアの心そのもののようだった。


 しかし、俺は素直に喜ぶことができなかった。アメリアを不安にさせてしまうことはしたくないので笑顔を取り繕うが、どうやらアメリアには見透かされたようだった。

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