第40話 冒険者の心得

 アメリアが家庭教師として屋敷に来てから三年がたち、俺は8歳になった。体もだんだんと大きくなっており、すでにアメリアと同じくらいの身長になっていた。


 一方アメリアは全く体形が変わっておらず、見た目は相変わらず12歳くらいの体形のままだった。彼女はことあるごとに軽い嫌味を言っていた。


 といってもそれは俺たちの中ではちょっとした仲良しのコミュニケーションのようなもので、両親もニコニコとそのやり取りを見ているのであった。


 この三年間で、我が家には家族が二人増えた。俺の五歳下に妹、七歳下に弟ができたのだ。二人とも非常に可愛くて、いい兄貴にならないとなと思った。


 三年間のアメリアの授業のおかげで俺は各属性の中級までの魔法を習得できた。まだまだアメリアが使える上級魔法は習得できていないが、彼女曰く、「フェディならすぐに私のことなんておいていってしまいますよ。」だそうだ。


 彼女は少し俺のことを買いかぶりすぎていると思うが、それだけ信頼されていると思うと少しうれしい気持ちになった。


 とまぁ脳内でそんなことを思っている間、俺とアメリアは屋敷の敷地から少し離れた森へとやってきていた。今日はアメリアが直々に冒険者の仕事について教えてくれるそうだ。


 実際はこの森が目的地なのではなく、その中にある館が今回の目的地である。この館は彼女曰くダンジョンらしく、定期的に中の魔物を討伐しなければ館から魔物があふれ出てきてしまうそうだ。


 俺は初めて見るお化け屋敷のようで、少し入るのに躊躇してしまったのだが、アメリアあまりにもスタスタと中に入っていってしまったので俺もおっかなびっくりついていった。


 中に入ると、外のおどろおどろしい感じはなく一見清潔な館のように見えた。魔物、グールと呼ばれるゾンビさえいなければなのだが…。


「さて、冒険者として活動していくうえで常に意識すべきことは何か分かりますか?」

「え、えぇと、分かりません…。」


 俺とアメリアが話しているのを待ちきれなくなったのか、グールが一体こちらに向かって突進してきた。


「では見ていてください。」


 アメリアはグールの攻撃を受けて吹っ飛んでしまう。しかし、うまいこと館の梁を左手でひっかけて、空中の姿勢を安定させた。吹っ飛ばされたと同時に彼女は館のじゅうたんを足でひっかけてテーブルクロス引きのように一気に絨毯を引っ張った。バランスを崩したグールはその場にゴテンと倒れる。そのまま彼女は大きな濃紺色の魔石のついた杖をグールの一体に向ける。


「大地の神に変わり敵を貫く岩の弾丸ををここに!《ストーンショット》!」


 杖から飛び出た岩の弾丸は的確にグールの魔石を打ち抜いた。アメリアは少しダボっとしたローブに付いた埃を払いながらこちらに振り返る。


「分かりましたか?」

「はい、要するに周囲をよく見て自分の力だけではなく周りの環境なども活かして戦え、ということでしょうか?」

「正解、その通りです。冒険者は常に死と隣り合わせです。その中でも生き残るためには周囲の環境を把握し、少しでも自分が有利に立ち回れるように努力するんです。」

「分かりました!」


 俺は彼女の話を聞きながら、改めて彼女のすごさを理解した。今の俺でもグールは簡単に倒せるだろう。中級の魔法でもぶっ放せば一撃だ。だが、おそらく館は崩れ落ちるだろう。彼女はそれを考慮して最も被害を最小に抑えるためにグールの隙を作り上げたうえで弱点を初級魔法で貫いた。


 空中で姿勢を整えたときも何ら焦ることはなくただ冷静に周りを見て魔法を使わなくてもなんとかできる方法を探していたように見える。伊達に彼女も冒険者をやっていないのだろう。


 彼女の華麗な戦闘を俺は胸に焼き付けて、いつか俺もあれくらいスマートな戦いができるようになろうと決意した。


 彼女はいつもの不愛想な顔のままさっきのグールとの戦いでできた擦り傷などを治癒していた。


「実りの神よ、その豊潤なる生命の力を分け与え給え。《ヒール》」


 何となくだが、彼女は基本的に初級魔法を多用しているように見える。館で魔物と戦っている合間にそれとなく聞いてみたのだが、ソロの魔術師は基本的に初級の魔法を多用するそうだ。


 初級の魔法を主軸にして敵の体力を削っていき、敵の動きが止まったり明確な隙ができたときに中級や上級の魔法を使って敵を倒すそうだ。やはり、戦闘中に中級以上の長い詠唱を唱えるわけにもいかないので必然的にこのような戦い方になるらしい。


 中には詠唱を省略できる人もいるそうなので、みんながみんな初級や下級の魔法を使っているわけではないということらしいが。


「まあ、一番の理由は中級以上の魔法を戦闘の主軸にしていたら魔力が枯渇して戦えなくなってしまう可能性があるからですかね。魔力が枯渇したら人間だれしも行動不能になってしまうのでソロだと死に直結します。フェディの魔力量の増え方なら成人する頃にはとんでもない魔力総量になると思うのでその心配はないと思いますが、魔術師として生きていくのであれば常に自分の魔力残量にも気を配ってください。」


 淡々とグールやスケルトンを屠りながら彼女はそう言った。話しながらでも彼女の殺戮する手際は一切落ちることなく華麗に魔物を屠っていった。


「さて、この館もある程度回れたのでそろそろ帰りますか。」

「はーい。」


 今日は一度スケルトンと戦って、後の魔物はすべてアメリアが倒しきってしまった。彼女は二三時間くらいぶっ通しで戦っていたのだが、いつものジト目には疲労の色はうかがえず、さすが準一級魔術師だなと思わされる。


 館を出て、屋敷に戻るまでの間も彼女は一切疲労を見せず無事に屋敷までたどり着いた。俺は屋敷に戻った後、魔法の特訓をするといったのだが、アメリアは部屋に戻って休んでしまった。


 まあ生徒の前で簡単に情けないところを見せるわけにはいかないと思って今まで我慢していたのだろう。そう思うとアメリアがここに来た時と変わらず真面目でいい家庭教師になろうと努力していることが分かった。


 俺は庭で淡々と中級魔法を何度も何度も放っていった。一度魔法を詠唱して唱えれば、その時の体の感覚を体が覚えてくれるため次からは無詠唱で発動させることはできる。だが、何度も何度も使いっているうちにその精度も上がっていく上に、ちょっとした効果の変更、例えば《ストーンバレット》という岩属性の下級魔法では今のところ弾丸の大きさを小さくする代わりに弾丸の速さと硬さを上げることに成功している。


 もともとの魔法から少し変えて発動するときは少しばかり魔力の消費も多いが、その分利点も大きかったりする。


 俺は少しでも多くの魔法でそう言ったことができるようになろうと今日も今日とて魔力が尽きるまで魔法を撃ち続けたのであった。

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