第34話 凶星

 俺たちは黒龍を連れてビマコの町に戻ってきた。ビマコの町に大勢いた瘴気に侵された人たちはサーシャとディナルドによって全員治療され、苦しんでいる様子はなかった。俺は町に入ると寄り道することなく町長のいる場所へと向かい、邪龍を討伐したことを報告した。


 町長は心の底から安心したのか、涙を流しながら俺たちに頭を下げた。俺たちは町長からの例を受け取り、広場へと向かった。広場には町中の人々からとても感謝され、どういった反応をすればいいのかわからなくてもじもじしているサーシャと、これまた恥ずかしそうに下を向いているディナルドがいた。


 二人は、俺たちがいることに気が付くと、町の人たちの海をかき分けてこちらに向かってきた。


「先生!ご無事で何よりです!」

「皆さん帰ってきたということは…」

「はい、邪龍はちゃんと退治してきました。非常に強力で骨が折れましたが、みんな無事です。」


 俺はそう言ってほほ笑んだ。何となく、サーシャが本気で心配している表情をしていたので、彼女を安心させるための戦略的スマイルだ。とはいえ、俺はライムほどイケメンではないので身内の人間にしか効果はないと思われる。


 俺の戦略的スマイルを見たサーシャ以外の面々はなかなか面白い顔をして固まっていたが、やはりサーシャに対しては効果てきめんだったようで、心配していた表情はいつものかわいらしい笑顔に変わった。


「さて、何か変わったことはありませんでしたか?」

「特に報告するようなことはなかったですね。強いて言えば空気の感じがいつもと違う気がする程度です。それもいつもとは違う地域で、尚且つさっきまで邪龍の瘴気に覆われていたからだとは思うんですが…」

「まぁ、ここはアクマリンから相当離れた位置にある町ですからね。空気の一つや二つは違ってもおかしくはないでしょう。」


 俺はそう言いつつビマコの町の空き地に置いてきた転移魔法陣に向かった。みんなもそれぞれの荷物を整理しながらそれに付いてくる。もうすぐ空き地に着くといったところでレベッカが異変に気が付いた。


「ねえみんな、さっきまであんなの空に浮かんでた?」


 レベッカの言葉につられてみんなは視線をはるか上空へと向ける。そこには真っ赤に輝き、詳しくは見えないが何やら文様の刻まれた大きな球体が浮かんでいた。その球体が放つ光は黒龍の加護を受けた時とは正反対の、何か不安を感じさせるような不気味な光だった。


 不気味ではあるが、あんなものを今すぐどうにかできるわけないということで転移魔法陣に飛び乗ろうとした瞬間、俺は悪寒がしてもう一度赤い球体を振り返る。


 俺は自分の勘を信じ、叫んだ。


「魔法陣に飛び込めぇ!」


 俺の突然の叫びに反応し、すぐに動き出すライムとアイラ。二人は俺の指示に従ってすぐに魔法陣に飛び乗った。少し遅れてレベッカとギッツが飛び乗り、更に少し遅れてマリアとディナルドも飛び乗った。


 しかし、サーシャは急な指示に体がついていかず足を絡めて転んでしまった。俺は反射的に飛び込んだ魔法陣から飛び出し、サーシャの体を掴む。そのままサーシャを強引に魔法陣へと放り込み、彼女を転移させた。しかし、無理やり彼女を放り投げたせいで、俺はその場でバランスを崩し倒れてしまった。


「先生‼」


 サーシャは魔法陣の上で尻もちをつきながら俺のほうに手を伸ばし、転移していった。俺はそれを見届けた直後、俺の視界は幾条もの光線で埋め尽くされ、体は貫かれ続け激痛が全身を襲い続けた。そして、永遠と感じるほどの激痛の中、俺の視界は暗転した。


~~~~~~~~~~


「申し訳なかった。」


 黒龍は転移した先、ドラゴンナイツの拠点でアルト以外の全員に謝罪した。


「あんたは悪くないでしょ。冒険者をしている以上人が死ぬことは覚悟してる。それが自分で会っても味方であっても。」


 レベッカはそう言いながらも目に涙を浮かべていた。彼女も帰ってこないアルトとサーシャの表情から悟ったのだろう。


「せんせぇ…。うぅ…。」


 サーシャは涙を堪えきれずその場に座り込んで泣いてしまった。マリアも苦しそうな表情をしていた。彼女もアルトとのつながりが突然切れたことを感じ取り、アルトが死亡したことを悟った。


「今のが道の敵からの攻撃ではないということもある。少し経ったら俺はもう一度ビマコの町に向かおうと思う。ギッツ、アイラ。ついてきてくれるか?」

「もちろんだ。」

「行きます。」


 ライムも頭の中ではアルトが死んでしまったことは理解していたが、それでももしかしたらという気持ちがあった。装備を整え、転移魔法陣に三人で乗り込む。


 ビマコの町に設置した魔法陣もまだ機能しているのか、転移は問題なく発動した。地面にすっと吸い込まれるような感覚の後、三人は転移魔法陣の上に立っていた。しかし、そこに広がっていた景色はとても数分前まで自分たちがいた場所と同じ場所とは思えないほど凄惨な景色が広がっていた。


 町中には体の大部分を失った死体が散乱しており、町は血の海で満たされていた。ほとんどがもう個人を特定することができないほどの損傷で、とても見ていられるものではなかった。しかし、それでもライムはアルトを探した。あの魔道具の天才であるアルトのことだ。どこかでしのぎ切っているかもしれない。


 転移魔法陣の周辺をまんべんなく探し、ついに三人は目的のものを見つけた。


 右腕を肩から下すべて失い、下半身は全損、傷はないものの苦痛に表情を歪めた状態で冷たくなっているアルトの死体だった。ライムはそれまで我慢していた涙を流し、その場に崩れた。ギッツもアイラも同じようにその場に打ちひしがれた。


 その場にうずくまってしまう三人。いつまでそうしていたかも分からなくなった頃、突然拠点にいたみんながこちらに転移してきた。転移してきた中には多くの拠点にいた避難民もいたのだが、ビマコの町の惨状をみて吐いてしまう人も少なくなかった。


 ライムは歪んだ視界を上にあげ、なぜこちらに転移してきたのかレベッカに問う。


「それが、理由は分からないけど黒龍とマリアさんが急に魔法陣に飛び乗ってって言ったから、あわてて拠点中の人たちを連れて飛び乗ってきたの。」


 レベッカはライムが抱えるアルトの死体を見ないようにしながら答えた。ライムはそれを聞き、転移してきた人たちのなかにマリアと黒龍がいるか確かめる。レベッカもその目線に気が付いたのか、彼女が見たことをそのまま伝えた。


「マリアは拠点の奥のほうに避難を呼び掛けに行ってて、黒龍は龍の姿に戻って町の人をどんどん魔法陣に向かって飛ばしてた。」


 ライムはふと上空を見た。すると、赤い星から眩い光の筋が何本も発生し、世界各地に向かって伸びていく。このビマコの町におこったことと同じようなことが世界中で起きたのだった。



この出来事は、のちに凶星大災害と呼ばれた。

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