いや、自分よく考えてみ、あかんで?

あんちゅー

おっちゃん

「あー、マジで付き合いてぇー」


 開口一番申し訳ないが、俺は現在進行形で彼女を欲している。

 それは多々ある理由の中でも特にこの時期に差し掛かれば必然と呼べることかとは思うが、ただでさえ忙しい師走にそんな悠長にもホウボウかけまわり取ってつけたように彼女をこさえられるかと言われれば、現実は日本海の荒波も飲み込んでしまうだろう。

 まじビックウェーブ、オーストラリアあたりの高波クラスだ。


 寒さでよく分からないことを口走っているかもしれないが、概ね理解してもらえるだろうと思ってお話をする。


 今年のクリスマスこそは彼女と夜景の見えるレストランで食事をとることを目標に1年を迎えたのに、気がつけばあと数週間で今年が終わる。


 今年は何をしてたかなぁ?

 なんて悠長に1年を振り返っている場合ではないのにも関わらず、もう既に職場での忘年会から友人間での忘年会、週末平日分け隔てなく、付き合いのある人間同士の1年の振り返りが催され始めている。


 ここ最近の世の中のトレンドはよく分からないが性差というのにとても厳しくなった気もする。し、またその逆に優しくもなった気がする。

 そして、その延長としてもはや恋愛しないことこそがステータスであるかのようなふうになっているのではないかとすら思える昨今。典型的な肉食主義の人間をこれでもかとオーガナイズ(本来の催しなんかを計画することではなく、第三者がオーガニック主義に取り込もうと誘導し、挙句されてしまうことを意味する俺の造語だ)した結果であろう。

 綺麗なお花は鑑賞するのみに留めてね。食べることもダメですよ。

 みたいな完全無食主義すら横行し始めているのだから専ら世間の恋愛脳たちの肩身はすこぶる細身にあるべきと求められる。


 そういえばこの前の大学時代の友人同士の集まりでも数年前まで黒い顔して女がどうだと言っていたヤツらが、すっかり青白くなり化粧ぽさを出して唇のツヤの話をしたりBTSの話をしたり、真っ白なマッチョが投資の話をしたりしていた。


 正直に世間の流行に対する柔軟性は尊敬し感嘆の声を漏らすに十分であるが、年中真っ黒ルックな中肉中背の多少ノリの良い程度のオタクである俺にはここまでの変化についていけるほどの潮流を読む力も、全く別レーンに躊躇なく飛び移れるようなフットワークや柔軟さも持ち合わせていなかった。


 結果今に至る。

 未だに数年前の流行りのような服を着て、自分磨きも怠って、将来の不安に対する政治批判や金策すらしようとしない。なんか最近みんな可愛いなぁと思いながら時代遅れ気味に彼女が欲しいと喚いている。


 ここまでをようやく理解したのが数週間前だ。


 だけど俺は変われない。

 いつまでたっても叫ぶだけだ。


「彼女欲しいよー」


「なんやうるさいなぁ、自分」


 不意にそんな声が響く。

 まさにおっさん、典型的なおっさん声が聞こえてくる。


 時間は夜の12時半。

 今日は残業でしこたま働いた終わりに1杯だけ飲んだ帰りだ。

 無論1人で。

 目的は勿論1人で飲みに来ている女性目当てだが、汚ぇ個人経営の居酒屋に若い女が飲みに来ているはずもなく、見当外れに鼻水を垂らしながら帰宅中の事だった。

 あたりに人影はない。


「え、こわ、誰?口に出てた?」


 咄嗟にさっきまでの心の声や、彼女欲しい!なんて叫びが口から溢れてたのかとも思ったが流石にこの程度の酔いで理性なんて無くならない。口に出すほどのことも言っていない。


「いや、言っていないってわかってるやないの心ん中では」


「うわ、また、きもい、なにこれ」


 頭の中でまた声が響いた。

 自分の中に他人の声が響いているという感覚は思いのほか気持ちの悪い感覚で、例えば漫画を読んで頭の中で登場人物に適当な声を当てるのとは違って考えてもないような言葉が頭の中を反響する。

 脳みそを乗っ取られたらこんな感じかな、という想像がもろに現実になった感じがこれだった。


「まってまって、自分それは酷いわ。おっちゃん捕まえてきもいは傷つくわァ。それに乗っ取るなんかてけったいなことしいひんよ、ちょっとおじゃましてるだけやんか」


「いや、待ってはこっちのセリフなんだけど。なんなの?ああやば、きも、脳汁混ざってるみたい、ヤバい」


「大丈夫やで、ちょっと泡立っとるけどこんなんビールとおんなじ、泡がある方が美味しいもんやで」


「脳汁がそもそも意味わからないのにビールと同じってなに?え、ほんときもいんだけど」


 全部頭の中の会話なのにカギ括弧をつけて申し訳ないが、こうしないと地の文との区切りがつかない。


「いや、もう地の文とかどうでもええやんか」


「地の文まで読むなよ!」


「ほんま怒りっぽいなぁ自分。あかんよー、そんなんおっちゃんが子供の頃はぎょーさん大人は怒ってはったけど、それと同じやね」


「いやぁ、もううるさいうるさい」


 これが俺とおっちゃんの出会いだ。

 今でもこの出会いが良かったとは思えていない。おっちゃんもずっと嫌い、前より嫌い。


 ✂ーーーーーーーーーーーーーーーー


「妄想の産物?」


「そうそう、お兄ちゃん頭ん中でずっと喋り散らしてけったいやなぁって事でおっちゃんが生まれたねん。もうあれやね、生まれたてやのにおっちゃんておもろ、ごひひひ」


「笑い方キモ。なんなんそれ、つかあんたさっき自分の子供時代がどうとか言ってたじゃん」


「おっちゃんなぁ、酔っぱらいやからわかれへんのよ。覚えてないわァ」


 おっちゃんはそう言って喉を鳴らす。自分は妄想の産物だと言っ手いたたがどうも何か飲んでるようだ。妄想なのに。そんな音まで再現しなくてもいいのに。


「あ、そやそや、早速やけどなおっちゃんと会ってみたない?おっちゃん兄ちゃんにごっつ会いたいねん。ほやからさぁ、目ェつぶってみて。目ェつぶって心ん中でイメージしてみて」


「はぁ、なんなの?心って、イメージ?はぁ」


「ほらため息つかんと早く早く」


 俺は仕方なく目をつぶってみる。

 イメージと言っても何も出てこないだろと、投げやりにだが、すると暗い底の方から発光する何かが現れる。

 最初はぼんやりとあったそれは次第にハッキリと輪郭を映し出し・・・・・・

 おっちゃんだった


「いや、おっちゃん」


「おー、はじめましてやな兄ちゃん」


「想像通りのおっちゃんなんだけど」


「やから言うたやんか、ほんま覚え悪いわ。おっちゃんは妄想や言うたやろ?兄ちゃんがイメージするおっちゃんが自然とおっちゃんになんねんて」


「あー、もうわからん意味わからん」


 俺はもう何もかも放り投げることにした。


「ゴミと人生は投げたらアカンで」


「いや、うざっ!」


 死ねばいいのに。


 ✂ーーーーーーーーーーーーーーー


「おっちゃんなぁ言おおもててんけどな」


「なに?ほんと、うるさいから」


 ハプニングまみれではあるが家にたどり着き風呂に入ってから色々とすっ飛ばして布団に入る。明日も仕事だからと思いつつ、ついついスマートフォンで動画を見たり何かを調べたりしてしまう。よくある現代人の光景じゃない?

 明日は何時に起きよう・・・・・・となると今から寝ても何時間も寝られないなぁ、などと考えながらも結局はスマートフォンの魔力に取り憑かれて思うように体が動かないのだ。

 けして健康的な生活でもなければ、思っていたのとは大分違う生活に、慣れて流される自分にちょっとだけ腹が立つ。


「ほんま、あかんで?自分でわかってるやんか、夜更かしは体に毒やで」


「ああ、わかって」


 俺はスマートフォンを放り出してそう怒鳴りかけて気がついた。

 分かっている。分かっているけど思うように体が動かなかったのが、おっちゃんに言われたことですんなりスマートフォンから抗えたのだ。

 いや少し大袈裟だとは思うが、それでも俺はそこからあっさりと睡眠に漕ぎ着けたのだからそれは言いたくはないがおっちゃんのおかげであるのだろう。


「ほんま、いつか言うてやろ思っててん。体は大切にしぃや、若いんやから」


「なんだよ偉そうに」


 偉そうに、そんな諭されてもまだあんたのこと認めねぇよ

 と、そんなふうに毒づいたが、若干感謝もしてしまったというのが本音だった。


 それからもことある事におっちゃんは俺の生活に的確な指摘をして、生活リズムの是正に関与した。

 もちろん以前から自分で思っていたことではあるが、一人暮らしなんて掃除も洗濯も自分のために自分だけのためにやることしかないわけなのだがおっちゃんは言う。


「若いオネェちゃん捕まえてこますいうんやったらちょっとくらい掃除しとかんといかんのとちゃうか?」


 とか


「だらしない生活してたらすぐ太るでほんま。おっちゃん見てみや」


 なんて


 それもタイミングを測ったかのように言ってくれるおっちゃんに俺はいつしかすっかりおっちゃんに気を許してしまった。

 元来は自分の妄想の端っこで産まれたであろうおっちゃんは勿論俺が考えていることしか言ってこないのだろうが、自分で考えて行うのと曲がりなりにも自分ではない誰かに言われてやるのでは説得力も何もかも違う。


 これは生来の面倒くささがたたってはいるだろうが、それでも俺自身の生活が前に進み、向上したことは悔しいながらおっちゃんが一役買ったと言って揺るぎない。


「どや?おっちゃんもええおっちゃんやろ?」


「あぁ、悔しいけどあんたいい人だよほんと」


 そう言って、おっちゃんが仕事のミスを寸前で止めてくれた日、いつもよりも足取り軽い帰り道、俺は運命の出会いをしたのだった。


「すみません、ここってどうやって行くんですか?」


「え、あ、あ」


 スマートフォンの画面を見せながら声をかけてきた女性、ゆるふわボブの丸い目がこちらを見ている。

 俺の全身から沸き立つような湯気が出始めた気がした。


 やば、連絡先交換してぇ。


 とりあえず聞かれたことを答えようと彼女の差し出した画面を見るとどうも案内のし辛い場所だった。


「あー、これ口頭じゃ説明しにくいですね。そうだ、自分今帰り道で余裕もあるんで案内しますよ?」


 混じり気のない善意を振りかざして俺は彼女にそう提案した。


「え、でも悪いです」


「いえいえ、ついでと言っちゃあなんですけど、あなたみたいな女性がこの辺りをうろつくなんてのも物騒ですから」


 キモイくらい歯の浮くようなセリフを口にしながらもうどうにでもなれやというように言葉を発する。


 しかし、そこをおっちゃんは引き止める。


「まって、あかんあかん。あかんわ兄ちゃん」


「あ?なんで?おっちゃん邪魔せんといて」


「こんなシラフでそない恥ずかしいこと言わん方がええって彼女引いてまうし」


「そんなん分かってるわ」


「それにここでこんな出会い方でホンマに付き合えるなんか思ってへんやろ?」


「思ってないけどさ、それでもむちゃくちゃタイプなんだよ、超チャンスだよ。もうこれ逃したらんけわけのわかんねぇおっさん心の中に飼ってるだけのオヤジになっちまうから」


「ええやんけそれで、なんか問題あるんか?」


「あるに決まってんだろ、おっちゃんは心の支えにはなんねぇんだよ」


「おま、それ・・・・・・本気で言うてるんか?」


 その時のおっちゃんの声はどこか震えていた?けど、俺は気がついていない。目の前の子のことで精一杯だったから。


「本気だよ本気」


「あかん、アカンで何するつもりや!」


「あ?何が?」


「いや、自分よく考えてみ、あかんで?」


「何言ってんだよ。俺が彼女欲しいの知ってんだろ?もううるせぇからどっか行けよ」


 無理やりおっちゃんを黙らした俺は何となく必死に彼女との会話を繋げた。

 恥ずかしさのあまり、途中から何を言っているのか分からないように自分の言った言葉を頭の中で言った端から消していっているから克明には分からないが、とりあえず彼女は着いてきてくれた。


 いや奇跡かよ。


「おい、おっちゃん、おっちゃん、やれたわ俺」


 返事はなかった。

 けれど、俺は道案内の間とても楽しい時間を送ることが出来、なんなら彼女の方から連絡先交換までして貰った。


 結局その日からおっちゃんは出てこなかった。

 しかし、おっちゃんのいた場所を埋めるように彼女とのやり取りが隙間を埋めていく。


 彼女は県をふたつほどまたいだところに住んでいて、あの日はたまたま好きなアーティストのライブの帰りで、予約していたホテルに向かう途中だったらしい。

 慣れない場所で地図を見ても分からず途方にくれていた時にたまたま肩が当たったのが俺で、その時の横顔にドキッとしたとかなんとか、ごひひ

 多分あの時はおっちゃんと話していたからマヌケな顔をしていたとも思うのだが・・・・・・


 何はともあれ、何だかとってもアクティブな彼女とそこそこに上手く行きそうな予感、これはまさに運命の出会いなのではなかろうか?


 今日はクリスマスの2日前だ。まさに僥倖。


 世間の完全無食主義の人間達よ、恋愛という人間の根源的な理想をかなぐり捨てて波のない穏やかな凪を進む現代人達よ、お前たちの負けだ。


 俺はとうとう彼女ができる。


 明日の夜、大事な話があるから電話をしようと伝え、彼女はいいよと言ってくれた。


 はぁー、緊張するなぁーと言いながらなんとなしに部屋の掃除を始めた。

 出社まで少し時間があるが体が落ち着かない。

 ふと、そんな状態で掃除を始めた自分に違和感を禁じ得ない。


「そういえばおっちゃん全然出てこねぇな」


 こうやって掃除をするようになったのもおっちゃんのおかげではある。なんだかんだ言ってもそれだけおっちゃんの助言が俺を成長させたとも言える。


「まぁ、なかなか悪くなかったよ。あ、こんな時間」


 出社時間だ、俺はカバンを持って家を出た。


 ✂ーーーーーーーーーーーーーーー


「ん?」


 何かが鳴っていることに気がついて俺は体を起こした。なにか聞きなれたおと。

 そこで、手に持っていスマートフォンが揺れる。あぁ、この通知音か。


 画面ロックを解除して通知の内容を見る。


 ーーバカ、死ね、関わるんじゃねえ


 そう送られてきていた。彼女から。

 しかも一通だけではない。その手の罵詈雑言がまるで溢れ出した雪解け水のように・・・・・・そんな表現をするほど怖気の底冷える量の言葉がトーク画面を埋めつくしている。


「待って、何?何した俺?

 え、記憶、記憶が無い。まって」


 トーク画面を上にスクロールすると通話履歴が残っていた。20分程度の通話時間が表示されておりそのすぐ下に


 ーーアバズレ


 とひとこと送っていた。

 自らが、である。


「何、なにこれ?電話?俺電話した?」


 記憶がなかった。

 えっと、いつから・・・・・・そう、家を出てからの記憶が無い。仕事に行ったか、それすら分からず。


 スマートフォンの画面を1度閉じロック画面を見る。

 今日は、クリスマスイブだ。

 つまり俺は告白当日のほぼ丸一日の記憶がなかった。


「何が、何があったんだよ?」


「兄ちゃん、おはようさん」


「おっちゃん、なに?どうした?俺どうしたんだよ?何しちゃったんだろ?」


 もうパニックである。

 付き合えるかもしれないと思ってた、割と本気で好きになった女の子にここまでの言葉を言わせてしまうほど、俺は馬鹿なことをしたのだろうか?

 いや、通話後の一通のメッセージさえ最低の一言だ。怒って当然のことを言っている。

 でも、俺の記憶は・・・・・・


「そら覚えてないやろ、おっちゃんが全部やったったんやから」


「は?」


「おっちゃんが兄ちゃんの体借りてやってあげてんやで。感謝しや」


「うそ?」


「ほんまほんま、ホンマにめんどい女やったなぁ、何回も何回も、私は好きなんて言ってきて、うるさいっちゅうねん。おどれのこと好きな男がどこにおるかっちゅうねん」


「はぁ?」


「やから言うたやろ?あかんって。自分よく考えてみろって」


「あ?」


「おっちゃんの気持ちも考えんと自分突っ走ったらあかんわ。そういうのが人を傷つけるんやで?」


「なん?」


「兄ちゃんはおっちゃんのもんなんやから、ほかの女になんか渡してたまるかい。兄ちゃんは死ぬまでおっちゃんのもんやで?」


「は?」


 言葉が出なかった。

 何もかも気味の悪い嘘だ。

 気味の悪い妄想だ。


 スマートフォンはすっかり静かになった。


 俺は2人でクリスマスを迎えていた。

 おっちゃんと2人きり。

 最高のクリスマスだ。

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いや、自分よく考えてみ、あかんで? あんちゅー @hisack

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