習作200119B 〈冒険者〉

 〈狩人〉は、村から街道へ続く細道を走りに走った。彼は、狭い細道で馬とすれ違うときの煩わしさが嫌いだったが、今となっては、それが懐かしかった。街道に出るまで、彼は、誰ともすれ違えなかった。彼の村を滅ぼした魔物は、すれ違う馬も人も連れ去ってしまった。汗がズボンをらし、息がきれたが、見る者も聞く者もいなかった。彼は、孤独だった。

 細道から街道に飛び出した彼は、茶色の重厚な塊にぶつかった。塊は、いなないて前足を跳ね上げた。


「ちょ、うわっ」


 若い男が、茶色の塊、よくみるとくらと手綱をつけた馬であるそれから振り落とされて地面に転がった。〈冒険者〉の後ろで馬を進めていた〈公証人〉の馬が、体あたりしてきた〈狩人〉に驚き、乗り手を振り落としたのだ。


「どうした、そんなに急いで。事情を話してくれないか?」


 赤毛を青い布でまとめた、サーベルをいた〈冒険者〉に問われた〈狩人〉は、わらをもつかむ思いで彼の村を襲った悲劇のことを説明した。そして、戦士風のこの若者に、村を襲った人狼を討って友人たちのあだをとってくれないかと頼み込んだ。必殺の魔法を外した彼の希望は、いまや目の前の若者だけだった。


 頼まれた〈冒険者〉は、迷った。実のところ、彼女は、人狼と戦ったことがない。彼女は、人間の姿とおおかみの姿とを取る変幻自在のこの魔物との戦い方を知らなかった。


「人狼であれば、事後申請でも駆除賞金が出ると思います。やりますよね?」


 顔に泥をつけながら起き上がった〈公証人〉が、無邪気に笑いながら彼女に尋ねる。〈冒険者〉は、勝算定かでない頼みを安請け合いしたくなかったが、先日不思議な技で彼女の賞金を倍増させたこの男の期待を裏切ることも、避けなかった。

 それで彼女は、人狼退治を引き受けることにした。まったく自信がない彼女だったが、息を切らせながら飛び出してきた男を安心させるべく、自信満々といった態度と声色で引き受けた。


 〈狩人〉は、その態度に勇気づけられた。〈狩人〉だけでなく、腕っぷしにまるで自信がなく、都会人らしい臆病おくびょう者でもある〈公証人〉も勇気を得た。それで彼は、彼に与えられた逃げる手段である馬を、疲れ切った〈狩人〉に貸し与えてしまった。

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