習作200116D 〈冒険者〉
多くの魔物は、無意味に人間を襲わない。
なぜならば、人間は、大きな群れを作り、大きな音を立て、執念深く追ってくるからである。多くの魔物には、そうした危険な人間をむやみに襲わない分別がある。
しかし、ヒュドラーは、「多くの魔物」に含まれない。
第一に、ヒュドラーは、大食漢であるため、大きな群れを作る生き物を好む。
第二に、ヒュドラーは、眼の下にある特別な器官で獲物を「見る」ため、大きな音を気にしない。
第三に、ヒュドラーは、人間よりさらにいっそう執念深い。
したがって、ヒュドラーと目が合っている〈公証人〉は、ヒュドラーに襲われ、仮に逃れても執念深く追われ、食べられることが約束されていた。
前を歩いていた〈冒険者〉がサーベルを振るって彼女を助けてくれることも、望み薄だった。
ヒュドラーの鎌首は、鋼のように硬いうろこで覆われている。
このうろこは、中間径フィラメントが複雑に絡み合ったケラチンによって形成されたものであり、並の剣や矢では貫けないと言われている。
そのような知識が走馬灯のように〈公証人〉の脳裏を駆け巡った。
〈公証人〉は、身じろぎひとつせずにヒュドラーが眼の下にある特別な器官で自分を見ていることを記憶にとどめた。彼女は、うろこの色と形とをしっかりと見た。
その職業病じみた癖が彼女を救った。
ヒュドラーは、動かない獲物に労力を割くことを嫌がり、ゆっくりと鎌首をもたげて〈公証人〉に迫った。それで、〈冒険者〉が振り返るまでの時間を稼げた。
ヒュドラーの毒牙が獲物をゆっくり捉えようとしたそのとき、ヒュドラーは、激しく身をよじらせて苦しんだ。
〈冒険者〉のサーベルが貫けないはずのうろこを越え、その下にある肉を切り裂いたのだ。
〈公証人〉は、ヒュドラーのうろこが頭から尾の方向に重なり合って生えていることを思い出した。このように生えることにより、うろこは、ヒュドラーが身をくねらせて前に進むことを邪魔しない。
サーベルは、尾から頭に向かう向きでヒュドラーの鎌首を薙いだ。
それでサーベルがうろことうろこの間にある隙間を通り抜け、肉を斬ったのだ。
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