第87話 開花

「……!」


 オルヴァリオが剣から手を離した。クリューは銃を放り投げて、すかさず彼の首根っこを掴みに掛かる。


「ぐぅっ!」

「来い!」


 ガラン、と大きな音がする。オルヴァリオは今度こそ、抵抗しなくなった。クリューはそのままオルヴァリオを、『彼女』の前まで引き摺っていく。


「お前はずっと、グロリオの傀儡だった。いつからか知らないが、生来の物だと思っていたよ。その瞳の色。……今解くぞ。俺と同じように、彼女を見れば解ける筈だ。【心を浄化】して貰え」

「…………!!」


 首を、頭を掴んで、ずるずると『彼女』の目の前へ差し出した。クリューも全身そこかしこから流血している。左腕は動かない。


「…………ぅ。……ぐぉっ」


 右手でオルヴァリオの頭を抑える。彼はガタガタと震え始めた。


「や、やめろ……っ」

「黙れ。いくら親でも、子を洗脳支配して良い訳は無い。例えお前が親から支配されて育っていようとな」


 グロリオの悲痛な叫びを一蹴。オルヴァリオに『彼女』を凝視させる。


『ますたー。もう解けます』

「……分かった。ありがとうサスリカ。ようやくだな。……髪も服装も整えたいが、仕方ない」


——


 煌めく煙が、氷塊の底から湧き始めた。ひやりとした冷気が部屋を包む。風が舞い起こる。クリューの灰髪が靡く。


 『彼女』を包み込んでいた氷塊は、ガラスのような透明な壁だった。ガコンという駆動音と共に、中の液体が流れ出てくる。空色の液体は煙と星明りで煌めいて、まるで床に天の川が現れた錯覚がした。


 ガラス——と言っても、現代科学ではどうやっても傷ひとつ付けられなかった超物質だが。その箱が、開いていく。ゆっくりと、蕾が花開くように、上部の頂点から辺が分かれていって。


「…………げほっ」

「!」


 『彼女』は、初めに咳をした。


『……もう、意識が』

「ごほっ。うっ。…………?」


 そして、目を開ける。長年、謎だった彼女の瞳は。

 髪と同じく、全てを吸い込むような漆黒だった。


「…………」


 第一声。彼女はぼんやりとした意識の中、ぼやけた視界に入ったのは。


「………………かなた、君…………?」

「——!」

「げほっ」

『シロナ様っ!』


 そう、ひとつ呟いて。咳と共に、崩れ落ちた。サスリカが駆け寄る。


「……ぅ。私、は……」

『シロナ様。ここは1万年後の世界。貴女様はコールドスリープで眠っていらっしゃったのです』

「…………えっ。なに、それ……。ぅ」


 サスリカは現代語ではなく、1万年前の言葉で話し掛ける。


 今。

 全員が彼女に注目している。だが彼女だけは、逆方向が見えていた。


「……!」

「今しか無いっ。……最後に勝つのは俺だっ!」


 グロリオが。

 這いつくばりながら、なんとか精神支配の武器である宝玉を広い、ここまでやってきていた。


「『精神憑依マインド・ポゼッション』!!」


 全員が集まっている。オルヴァリオも再度支配すれば良い。紫の光が、天の川を汚染していく。


『シロナ様! 能力を!』

「————っ!」


 勿論サスリカに精神支配は効かない。今、グロリオを止められるものがあるとすれば。


「……っ! 『強制遮断シャットアウト』!」


 彼女の中心から光の束が拡散し、グロリオの身体を吹き飛ばした。


「っ!?」


 彼女の元から、今度は暖かい空気が流れ込んでくる。温度ではない。暖かいと感じる『何か』が、放出されたような気がしたのだ。


「…………!」

「オルヴァ!」


 クリューの手からオルヴァリオも離れ、数メートル飛んで倒れた。彼は気絶してしまったようだ。


「ぐおお! うあぁっ!!」


 グロリオの紫珠は砕けて割れ、彼はそのまま吹き飛んでガラスの壁を突き抜けて。


「ああああああっ!」


 城の下へと落ちていった。


「……ぅっ」

『シロナ様っ!』


 それを見送ったのも束の間、彼女もふらついて倒れた。サスリカが抱えるも、彼女も気を失ったようだ。


「………………なんだ、これは」

『……ますたー……』


 その間。

 クリューは、予想外の事が起きすぎて何もできなかった。ただ見ているしかなかった。


 この場には、彼と彼女と、サスリカのみが残された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る