第84話 精神憑依

「うぐ……っ!」

「さあ、『カナタ・ギドー』の精神が流れ込んでくるだろう!? 受け入れろ! 楽になるぞ!」


 紫の珠が光る。その光に充てられた者は、グロリオの操り人形となる。機械であるサスリカには効かなかった為に、クリューを連れてくる必要があったのだ。


『ますたーっ!』


 もう、どうしようもない。クリューは対抗する術を何ひとつ持ってはいないのだ。トレジャー武器など持っていない。その辺の武器屋で買える銃しか無い。そして銃しか、彼には戦いの術が無い。

 選んだのが剣であれば、オルヴァリオに対抗できただろうか。だが銃だ。殺すか無傷かしかない。戦いになどならない。


「あああああああああ!!」

「はっはっはぁー! ようやく、この日が来たぞ! 夜明けと共に、ネヴァンの時代の幕開けだっ!!」


 クリューの叫びと、グロリオの高笑いが響く。


「ああ!」


 ガクン、と。クリューの気が一瞬だけ切れた。次に目を開けた時には、その瞳は珠と同じ紫色に染まっていた。


「よし。離してやれオルヴァリオ。こいつはもう『ネヴァン信者』だ」

「…………ああ」


 グロリオに従い、オルヴァリオが剣の拘束を解く。クリューは倒れそうになるが、虚ろな表情で立ち上がる。


「クリュー・スタルース」

「……ああ」

「あの人形に命令しろ。『シロナ・イケガミの冷凍保存装置を解け』と」

「…………ああ」


 クリューはふらふらと、サスリカの元へ歩いていく。


『ますたー……?』

「……サスリカ。済まないな」

『ますたー。サスリカは、ますたーの命令に逆らえません。いくらサスリカに心があっても、それだけはできないように造られています』

「……ああ」

『ますたー。はっきりとした命令でないのなら、ワタシの解釈で抜け道はできます。サスリカはそれほど、高性能です』

「ああ。知っている」

『今、彼女を解かしては。ますたーの目的は達成されません』

「俺の目的は解かすことだ。お前が解かせばその時点で達成される」

『違います。解かした後に、目的があります』

「違わない」

『ワタシがこの耳で聞きました。ますたーの口から』

「人の心は変わる。目的も夢も、変わっていくものだ。サスリカ」

『ハイ』


 呼ばれれば。返事をしなくてはならない。次の言葉を待たなくてはならない。奥でグロリオが破顔する。


「『氷漬けの美女』を解かしてくれ」

『………………ハイ』


 命令されれば。

 断ることはできない。


『拘束を、解いてくださらないと』

「クリュー・スタルース。暴れさせるなよ」

「……ああ。サスリカ。解かすことだけをしろ。猊下やオルヴァに攻撃をするなよ」

『…………ハイ』


 そう命令してから、クリューはサスリカの拘束を解いた。サスリカは、悲しそうに駆動音をキューンと鳴らした。


『……では、作業に入ります。冷凍保存装置のシステムへ接続します。古くなっているので、しばらく時間が掛かります』

「ああ」


 そして氷塊が置かれてある機械を、触り始めた。サスリカは自身の腕と氷塊をプラグで繋ぎ、何やら作業を開始する。もうしばらくすると、氷は解ける。


「くっくっく。上手く行き過ぎだな。いや、当然か。ネヴァン教祖、『カナタ・ギドー』の意思だ」


 クリューの隣に、グロリオがやってくる。笑いを堪え切れない様子だった。


「『宿願の御子』は、全世界全ての古代遺物の『適応者』となる。つまり世界を支配できる。それを支配するのがこのグロリオだ。安心しろ。それの貢献をしたお前たちにもそれなりの地位をくれてやる」

「………………」


 その間。クリューはじっと。

 『氷漬けの美女』を眺めていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る