第85話 クリュー対オルヴァリオ

 世界には色んな人が居る、とは言え。


 エヴァルタのように、100年以上生きていて20代の肉体のままの者も居て。


 ならば。


 古代。1万年前の旧人類には。『心』を原動力に、現実へ物理的な影響を及ぼすような『能力』が備わっていたとしたら。

 手から、火が出た者も居たかもしれない。

 液体金属を操る者も居たかもしれない。

 局所的に地震を起こせたかもしれない。

 そんな『能力』を、道具の中に押し込められたかもしれない。それらが科学的に、解明されていたのかもしれない。


 当然、対象の精神を操る者だって居るだろう。宗教の祖としてはこれ以上ないほど完全な能力だ。どれだけでも拡大し得る。

 逆に。

 そんな精神の乗っ取りを、【心を浄化する】能力だって、あった筈だ。


 サスリカの記録によると、『シロナ・イケガミ』は某国の姫だった。姫として、いずれ国と民族を率いていく群れのリーダーとして。

 相応しい能力が備わっていたのだとしたら。


「…………猊下」

「ん、なんだ? クリューよ」

「これまで、猊下の『精神憑依』で操った者を、この氷塊の前に立たせたことは?」

「む? なんだその質問は。……操ることは殆どしないからな。どこで認識の齟齬や不都合が出るか分からん。乱用は避けているのだ」

「…………なるほど」


 止まっていた、指が動く。

 瞳の色が、元に戻っていく。


「(やはり好きだ。【心が浄化されて】いく。身体も軽くなってくる。胸が躍る。本当に美しい。安らぐ。君をもう一度見れて良かった。それだけで、無限に力が湧いてくる)」


 まずは、その珠を。


「!?」


 持つグロリオの手を撃ち抜いた。


「ぎゃっ! ぐおおっ! 手が! なっ! なん!? きさ貴様っ!!」

『ますたー!?』

「そのまま続けろ! サスリカっ!!」

『!』

「ぎゃぁ! がはっ! ぐぅ!」


 急所は狙わない。腕と脚を撃ち抜いた。


「殺してやりたいが、拘束する。国際政府に突き出してやる」

「ぐぅう! オル、オルヴァリオ! やれ! もう殺して良いっ!」

「……!」


 グロリオは倒れながら、オルヴァリオへ指示を出す。大剣を持ったオルヴァリオが頷いて、クリューの前に立ちはだかる。


「……オルヴァ」

「クリュー……」


 ふたりは向かい合う。武器を向け合う。敵として。


 ——絶対に。万が一でも。何を間違っても。『あたし達に向けない』こと——


「……!」


 銃を初めて手にした時。リディから習った時。彼女の言葉が、そこで甦った。


 ——『銃』っていうのはね。『そういう』武器なの。何かあってからじゃ『取り返しが付かない』のよ——


 ——ああ。リディにも、勿論オルヴァにも向けない。当然だろ——


「……っ!」


 だが。奥歯を噛み締めた。


「……俺は容赦しない。銃は容赦できない。お前が動けなくなるまで、弾を撃ち込むぞ」

「……ああ。安心してくれ。俺も、お前を殺すことまではしない」


 ふぅ、と息を吐いた。オルヴァリオが柄を握り締める音がした。


『ますたー! 加勢を』

「要らない。お前は『彼女』の解凍を続けてくれ。今、ここが正念場で時間との勝負だ。一気に片を付けて脱出する」

『…………ハイっ』


 ふたりの武器は、特別な能力など無い。どちらもリディのコレクションだったものだ。よく手入れのされた、高級品ではあるが。オルヴァリオの剣は、『上級』に分類されるトレジャーではあるが。

 現代科学を超える異能など無い、純粋な剣と、銃だ。


「!」


 まだ距離がある。クリューから動いた。


「ちっ」


 撃ち放たれた弾丸は、オルヴァリオの剣の腹で受けられ、弾かれた。


「(近付かれたら終わりだ。この距離を保つ!)」


 さらに連射する。だがその全てを、オルヴァリオは剣で弾いて防いだ。

 こんな剣捌きは初めて見る。バルセスでの時より、うんと強くなっているらしい。


「弾自体は速すぎて見えねえが、お前の視線と銃の向きと指の動きは見えるぜ。クリュー」

「……なるほど」


 正面からでは当たらない。今度はオルヴァリオから、距離を詰めて来た。


「っ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る