第77話 遊び

「登ってきたのァ、坊っちゃんと男女か。『炎のエフィリス』はリシスが相手してるなァ。ガキとオッサンはミェシィが見てる。じゃその灰髪が『クリュー・スタルース』かァ」


 男は、黒い外套に身を包んでいた。ポケットに手を入れているようで、武器は持っていないように見える。気だるそうに3人を眺めて、冷静に分析した。


「オルヴァリオ。あいつは?」

「『電光のビェルマ』。武僧兵長だ。どんなトレジャー武器を持っているかは分からない」

「そう。じゃあ、あたしの出番ね」

「リディ?」


 即座に攻撃してくる様子も無い。階段の前に立ちはだかっている訳でもない。一歩、リディが前へ出た。


「あんた達は先行きなさい。この男はあたしが倒すから」

「おいおい、一緒にやろう。あのリシスとかと同じ兵長なんだぞ」

「あのね、あんた達、まだあたしを『女』扱いするのね」

「!」


 リディは。

 ルクシルアの屋敷を出る時、自身の全てを持ち出した。大事な物と、必要な物を。

 それら全てをそのまま、持ってきているのだ。

 ガシャン、と音がした時には、彼女の服から様々な銃器の銃口が飛び出した。


「『ベテラン』見せてやるわよ」

「…………!」


 彼女はコレクターだ。それも、バイヤーではなく自身の手でトレジャーを蒐集するコレクター。今までたったひとりで、危険な未開地を旅してきた経験がある。

 自然災害も戦争もお手の物なのだ。そこまで言われれば、ふたりは従うしかない。初めから、彼女には頭が上がらないのだ。旅の何もかもを、教えてもらったのだから。


「すまん、頼む!」

「死ぬなよ。リディが何であろうと、どれだけ凄かろうと、俺は心配するぞ」

「ありがと」


 クリューとオルヴァリオは階段の方へ駆け出した。同時に、リディがビェルマへ向けて銃を撃ち放つ。


「ふたりは先へ行かせて貰うわよ!」


 階段を背に位置取り威嚇する。だがビェルマは微動だにせず、彼らを見送った。


「……止める理由が無ェよ。寧ろ『クリュー・スタルース』は上へ連れて行かねェとならねェ。氷を解かす鍵だからな」

「…………妙な奴。ていうかさっきのあたしの攻撃、無傷なんてムカつく」


 リディが睨みつけるが、彼は依然ポケットに手を入れたまま気怠げに立っている。

 銃の掃射を至近距離で受けて無傷など。そんなことがあり得るのだろうか。


「……教えてやろうか。女ァ」

「!?」


 攻撃の素振りは無い。リディは警戒しながら、ビェルマの次の言葉を待つ。


「どうして、ここへ来て俺達が『緩めた』か。ここの場所も何もかも、見つからないように世界中に糸張って、地味ィにやってたのに。急に、この杜撰な対応だ。下界の昇降機周りの警戒は薄く、お前らが登って来た瞬間に蜂の巣にせず。わざわざ分断させて、俺達が出向いて直接戦闘で各個撃破。……いくら宗教団体が母体ってもよォ、軍師としてゴミ過ぎる采配だろ」

「…………?」


 戦闘は、直接行うものだ。狙撃銃は発明されたが、まだ日が浅い。長距離弾道弾はおろか擲弾発射機すら開発されていない現代しか知らないリディには、ビェルマの言葉は理解できない。


「遊んでんだよ。今、ここで俺すら『喋ってる』だろ。戦闘なんざ短時間な程良いのによ」

「……時間稼ぎ?」

「違ェよ。お前らなんざ既に『どうでも良い』んだ。昇降機は破壊してもう誰も下界へ降りられねェ。結局、お前らは俺達に勝てねェ。宿願が果たされれば世界に対して隠れる必要も無ェ」

「……オルヴァリオはこっちに戻ってきた。あんた達の思い通りには行かないわよ」

「それも、問題無ェ。グロリオ猊下の古代遺物は最強だ。何も知らねェ坊っちゃんは抗えねェ」


 そこでようやく、ビェルマがポケットから手を出した。リディは警戒を強める。

 直後に、ビェルマの姿が消えた。


「!?」


 全く何も見えなかった。動く素振りも何も。だが、目の前に居た筈の男が居ない。微塵の隙も、目を離してはいないのに。


「戦う必要すら無ェんだけどよ。お前らは皆殺ししろって猊下の命令だ。だから死ね」

「!!」


 背後から、声がした時にはリディの身に『死』が迫っていた。

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