第66話 最優秀賞のマル

 ズドン。


 エフィリスが、手を挙げて合図を送ったのだ。


「——は?」


 オルヴァリオの隣に居た男は、訳もわからずに頭を撃ち抜かれて死亡した。オルヴァリオは、処理が追い付かなかった。


「通じたのか。そうか。お前たちネヴァン商会は、大量に保持している『特級トレジャー』を過信しているんだな。それか、オルヴァがマルのことを、『1キロ先まで精密に狙撃できる』とまでは伝えていなかったのか」

「…………! マルかっ!」


 雷の檻が、消えた。その場は夜の闇に戻ったが、星明かりでなんとか状況の把握はできる。

 エフィリスが口角を上げる。


「そうだ。マルの配置は屋敷の外だ。当然だろ。狙われると分かって、全員固まるか?」

「……!」


 クリューが、歩いて近付く。拳を握り締めて、オルヴァリオの正面へ。


「……うっ」

「オルヴァ。歯を食い縛れ」

「!」


 銃を扱う為の大事な拳は、『友人』の頬にめり込んでいった。思い切り、殴り付けた。


「……!!」


 オルヴァリオはふらつき、その場に屈した。重い、一発だった。脳が揺れた。


「……リディもやるか?」


 クリューはリディに向き直る。彼女は自身で握った拳を見詰めて、オルヴァリオを睨んだ。


「…………良いわ。今のあんたの一発であたしもスッキリしたから」

「そうか」


 それから、拳を開いた。


「馬鹿」


 開いたまま。近付いて、オルヴァリオを抱き締めた。


「リディ……っ!?」

「『命の危険』なんか、トレジャーハンターならどうってことないのに。馬鹿ね」

「……ぅぅ」

「あたしを救ってくれた、格好良いオルヴァリオはどこ行ったのよ。まったく」


 ふたりはしばらくそうしていた。リディには敵わないなと、クリューは思った。


「ま、居場所さえ分かればこっちのもんだと言うことは証明できたな。トレジャーの能力にかまけた盗人野郎と俺達プロのトレジャーハンターじゃ『備え』のレベルが違う。隠密に長けてようが戦闘じゃ話にならねえ。戦闘にすらならねえよ」

「……その通りですが、殆どの罠は無駄になってしまいましたね」

「どれだけ無駄になろうが目的を達成できりゃ万々歳だ。いくらクリューが欲しかろうが、交渉にオルヴァリオを寄越すようじゃまだまだだな」

「いやその通りですが、今回エフィリスは何もしていませんよ」

「ぐぬっ……」


 周囲にはもう、敵は居ないとエフィリスが確認する。交渉にはふたりで来たのだ。恐らくは、オルヴァリオがそうしたのだろう。自分ならば説得がしやすいと。


「立て。オルヴァリオ」

「……ああ。済まない。あんた達にも迷惑を——」

「おらぁ!」

「!?」

「!」


 リディに肩を借り、ふらふらと立ち上がったオルヴァリオを。

 もう一度、エフィリスがぶん殴った。


「ちょっ!? エフィリス!?」

「俺達全員に、オルヴァリオを殴る権利がある。こいつのせいで、全員危険に晒されたからな」

「……!」


 そう言われると、リディも言い返せない。オルヴァリオも抵抗はしない。


「だが、お前のお陰でネヴァン商会のねぐらを突き止められる。それは確かに、ハグすべきことだ」


 ぽん、と肩を叩いて。オルヴァリオの横を通り過ぎ、マルへ撤収の合図を送る。


「…………済まねえ……!」


 オルヴァリオは震えていた。彼も戦っていたのだ。


「エフィリス。何よあの光の柱」

「向こうのトレジャーだ。お疲れマル。どうだった?」

「もう5人、同じローブの人が居たから全員撃ち殺したけど、良いよね」

「……ああ。お前が最優秀賞だ」

「えへへ……」


 マルが戻ってきた。彼女は明かりの乏しい夜の森の中で、さらに黒いローブの男を遠方から狙撃して来たのだ。彼女の能力は群を抜いて優秀である。最新の狙撃銃とはいえ普通の武器で、特級トレジャー並みの戦果を上げている。

 そんな彼女が、エフィリスに撫でられて嬉しそうに喉を鳴らしていた。


「……だが、やばいのには変わりないぞ。これで俺達はいつでもどこでも、殺される」

「分かってる。だが今すぐじゃねえことは確かだ。屋敷に戻るぞ」


 一同はオルヴァリオを連れて、エヴァルタの待つ屋敷へ戻った。

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