第52話 父親

「しかしクリューよ」

「?」


 クリューの父親、名をレアダスと言う。彼はネヴァン商会について話をする前に、やっておかなければならないことがあった。


「お前は一度、この家を出た。次に帰るときは、『グレイシアを手に入れ氷を解かし、それを妻とした』時だとお前が言ったのだ」

「…………ええ」


 妻、とまでは言っていないが。ここでそれを否定するクリューではない。


「ならば今、私の目の前に居るのはひとりの『トレジャーハンター』でしかない」

「!」


 クリューも察した。

 レアダスが、何を言いたいのか。


「私は商人だ。おいそれと、トレジャーハンターに情報を渡すわけには行かない」

「取引、ですか」

「その通りだ」


 この半年で。どこまで成長したのか。それを見せてみろと。父は言っているのだ。


「……『食糧を長期間保存できる氷の箱』」

「?」

「『石炭を焼いて得られるエネルギーで動く機械』」


 クリューは。使うべきはここだと思った。『彼女』が居れば。自分がスタルース商会へ戻ってからも、繁栄を続けられると。


「まだ私も聞き齧りで、仕組みを理解してはいませんが……あらゆる『産業』に対し『技術革命』を起こせる情報・知識を持っています」

「……なんだと?」


 それを、ズルとは思わない。他人の力とも思わない。何故なら。


「『私の』トレジャーハンターとしての成果です。父上。『超特級』の、『古代文明』の一部を所持しています」

「……!」


 超特級。それは文字通り特級を超える特級だ。正式に分類されるものではない通称だが、あえてそれを使うことで強調させている。


「……その知識をやる、と?」

「はい。今から私が聞く、ネヴァン商会についての情報と釣り合うだけの知識を。情報を。……『古代文明』ですから」

「……証拠は?」

「サスリカ。入ってきてくれ」

『ハイ』

「?」


 入口で待機していたサスリカが入ってくる。クリューの隣までやってきて、レアダスに向かってぺこりと頭を下げた。


「細かい説明は省こう」

『ハイ。ワタシは機械人形です。ほら』


 下げた頭を両手で掴んで、首と胴体を分離させた。


「!!」


 レアダスは腰が抜けたようにガタリと音を立てた。


「因みに、彼女は『氷漬けの美女』の解凍方法も知っています。後はネヴァン商会から取り戻すだけです」

「…………なる、ほど」


 いきなり目の前の少女の頭が取れれば、誰だって吃驚する。この反応を少し面白いなと、クリューは思い始めていた。


「……先程の話が本当なら、君達は自ら『上級』以上のトレジャーを『作製できる』ことになる。まだ世界で誰も解明していない未知の道具を」

「その通りです。この時点で非常に危険な情報ですので、取り扱いは慎重に」

「分かっている。世界をひっくり返しかねない。……ではその、『食糧保存』の技術を貰おう。それで私の知る情報を全て渡す」

「ありがとうございます」

『ありがとうございます』


 商談は成立した。驚くほどあっさりと。

 サスリカの影響が大きいが、単純に嬉しかったのだ。

 息子の成長を見れて。


「それと、渡すのはクリューにだけだ。すまないが君は退室してくれたまえ」

「……すまんサスリカ。後で皆には伝える」

『かしこまりました。では失礼いたします』


 言われて、サスリカが退室する。どうせクリューが伝える為に意味は無いが、形式として、『取引』をしたクリューのみが、情報を得られるということだろう。


「——俺が仕事でその名前を聞いたのはお前が生まれる前のことだ。この街に住み始める前。この身ひとつで世界を回る旅商人の頃だ」

「……そうか、父上は元々ラビア人ではありませんでしたね」

「ああ。お前の母親——クレアがこの街の生まれだ。クレアとも出会う前。丁度、今のお前の年頃だな」


 父親が語り始めた。クリューはソファに座る。


「海の向こう、中央大陸の山岳地帯の国々を巡っていた頃だ。ある商談が終わって、取引先から出てきた名前だった。最近、『ネヴァン』という盗賊が出ると」

「盗賊」

「そうだ。主に山道で移動速度の落ちる馬車を狙い、積荷を奪う盗賊。恐らく『初め』はそれだった」


 因みに、ラビアやルクシルア、バルセスの属する場所は西方大陸と言う。中央大陸はその東側にある大陸だ。


「『ネヴァン』とは、その地方の伝承にある神様の名だ」

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