第48話 研鑽の雫
「どうだ? 勉強になったか」
帰りの馬車にて。積載量ギリギリまで竜の素材や肉を詰め込んで、美術館のある街まで一直線に向かう。エフィリスは自慢の剣を手入れしながら、クリュー達に訊ねた。
「……技術的な部分では、あんまりだな」
「だな。『あれをやれ』と言われても無理だ」
「ははっ」
クリューとオルヴァリオはお互い見合わせて苦笑した。誰がエフィリスの真似を出来るのか。誰がマルの真似を出来るのか。
「だがやっていることは。……時間を掛ければ俺達でも出来そうだった。『特級』と言えど、そこまで伝説的に『遥か遠く』ではないことが分かった」
「クリュー」
だがクリューは見抜いていた。エフィリスが、この狩りを通して伝えたかったことを。
「今ある戦力の正確な把握と、目的に対しての必要な仕事量の計算。そして目的を達成する為に『誰が何をどうする』のかを考えて順序立ててやれば良い。……つまり普段誰もがやっていることの延長線上だ。ハンターでなくとも生活の中でやっていること。エフィリス達は各々の技術も素晴らしくそれが目立つが、根本はそこなんだ。何も、『不可能を可能に』している訳じゃない」
「ははっ。そうだ。その通り。俺らは『特級』なんぞと持て囃されてるが、その実個人の技術が秀でている『だけ』なんだよ。そうか。伝わったか。それは何よりだ」
エフィリスは嬉しげに笑った。そして、磨き終った剣を鞘に納める。心地好い金属音が鳴った。
「この世界に、おとぎ話みてえな『魔法』は無え。ズルも近道も無えんだ。地道にやるしか無えんだよ」
「……『古代文明』の『特級トレジャー』なんかは、魔法の武器じゃないのか?」
「ははっ」
オルヴァリオがそう訊ねた。正に、エフィリスの剣のことだ。火を操るなど魔法そのものではないか。
だが。
「そう考えられてたのはひと昔前の話だ」
「!」
エフィリスは否定した。
「『これ』らは『科学』だよ。まだまだ俺らの時代じゃ追いちゃいねえがな。いつかきっと解明される。きちんと『仕組み』があるんだ。『不思議な力』って訳じゃねえ。だろ? 古代文明さん」
「!」
一同の視線が、サスリカに向いた。彼女はキュインと、駆動音を鳴らす。
『ハイ。ワタシの時代でも魔法などありませんでした。全て科学。積み重ねと気付き、発展の「雫」。何千年も営まれてきた人類の「研鑽の雫」。……殆どが、失われてしまいましたが』
「ああ。受け継いでなくて悪いな。だがいずれ、お前達に追い付くさ。今は世界地図すらできてねえ『トレジャーハンター』時代全盛期だぜ」
『…………ハイ。ワタシもそれを願っています』
「……と言うか、お前が居れば世界に革命を起こせるんじゃねえのか? 今回は間に合わなかったが、お前ドラゴンの肉を『冷やしながら長期間保存』できる箱を作れると言ってたな」
『……いえ』
サスリカには、その『古代文明』が入っている。全て彼女が甦らせられるのだ。だが。サスリカは首を横に振った。
『それは、この時代のトレジャーハンターに任せようと思います』
「何故だ?」
『ワタシは、世界を背負うつもりはありません。ますたーの、「お手伝いロボット」ですから』
「!」
これがサスリカの答えだった。必要ならば作る。授ける。だが、自ら進んで世界に貢献はしない。あくまで自分は、『家庭用』のロボットであり。
「サスリカ」
『……ますたー』
クリュー個人に仕えるロボットだと宣言した。
『「電力」も「原子力」も「コンピュータ」も、「衛星」だって。ますたーが仰れば作りますよ』
「いや、すまんが言われても分からん。だがそうだな——」
「…………」
サスリカがクリューを見る目が、以前と変わったと気付いたのはこの場ではリディだけだった。
何かあったなと思ったが、黙っておくことにした。
クリューは顎に手をやって、考えた。
「サスリカの知識、情報は『使える』かもしれない。危険なものだから、慎重にやろう」
「危険? 何がだ?」
今度はエフィリスが質問した。これはクリューが商人の息子だから至った考えだ。
「『そんな』知識は、国の長なら戦争をしてでも欲しがるんだ。今でも各国が躍起になって未開地にハンターを送り込んでいる。サスリカが古代のロボットだとバレれば俺達を殺してでも奪う輩が出てくるだろう」
「!」
言われれば。簡単に想像できた。
「だからエフィリス達も、他言無用で頼む」
「……ああ。分かった」
便利とは。進んだ知識とは。
扱いを間違えれば人が死ぬ、大変危険なものなのだと。
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