第46話 サスリカ②

 サスリカは。家庭版汎用防衛システム「ASYA型」正式採用機No.33は。

 『考える』ことができる。


『(ワタシの造られた時代から、1万年後の世界。どうやら、やはり文明は何度か途絶えたようですね)』


 ずっと、見てきた。バルセスから、ルクシルア、そしてこのガルバ荒野。人間の街、暮らし、風俗。


『(ワタシは、何故ここで起動したのでしょう。何のために)』


 文明。つまり、科学も。


『(まだ、電気が発見されていません。水車は見ましたが、その使い方もまだ農業に使われる程度。いずれは発展されるとは思いますが、これが「未来」とは)』


 サスリカは非常に高性能だ。つまり、人間に瓜二つでありながら、機械の精密さを併せ持っているということ。つまり。

 人間のように、『無駄』も多い設計になっている。


『(以前、とは言っても1万年前ですが……ソラ様に見せていただいた書物にあった「異世界」ならば。この状況にも納得します。けれど、ここは「未来」なのです。ワタシ達が生きた世界の、直線上にある世界です)』


 ふと上を見上げると、星々が瞬いている。サスリカの中にあるデータとは、1万年分ずれた配置の星々が。


『(……ワタシに、この時代の科学を発展させよと仰るのですか? それはあまりにも、今を生きる人間に失礼ではないでしょうか。彼らは遅れているのではなく、「今から」なのです。ワタシは、ただの古びたロボットです)』


 人間のように。無駄に考えすぎる。それがサスリカだった。自分をロボットであると、『人間目線で』理解している。


『(シロナ様。レオン様。カナタ様。アニマ様。……ソラ様。アイネ様。レイシー。……ワタシは、今どこで、何をしているのでしょう。皆様は今……)』


 製作者の、一番の拘りだった。サスリカに、『涙腺』の機能を付けたことは。


「おい、こっちは終わったぞ。——サスリカ?」

『!』


 ドラゴンの死体の上で。鱗を剥がしている最中だった。エフィリスはもう自分の持ち分を終えて、肉の解体に入っている。街の男手を集めての、解体作業。一晩中どころか、明日も一日中掛かるだろう。


「…………お前も、泣くのか」

『ますたー……』


 誰も見ていない。ドラゴンの背をよじ登ってきたクリュー以外は。

 クリューの驚いた表情を潤ませた水晶で捕捉して、慌てるようにそれを拭った。


『……申し訳ありません。なんでもありません。終わったのですね。では——』

「サスリカ」

『ハイ』


 呼ばれれば、応えなければならない。サスリカは考え、涙するが。人間ではなくロボットだ。


「俺も、お前を無理矢理目覚めさせてしまって悪いと思っている」

『————!』


 クリューは。否、この時代の人は。ロボットなど知らない。人の形をしていれば、それは人だ。


「望むなら、バルセスへ返そう」

『いえ。そのような……』

「だが、『氷漬けの美女』なら、お前と話が合うかもしれないだろ」

『!』


 1万年眠っていた人。クリューにとってサスリカはただそれだけだ。


「まあ、俺の利益も入ってしまっているが。なんでも言ってくれ。チームだろう」

『ますたー……』

「ああ」

『では、少し胸をお貸しください』

「分かった」


 不安に決まっている。怖い筈だ。いきなり、1万年後などという意味不明な世界に、たったひとりで放り出されて。


『……製作者様は、ワタシを「曖昧」にしてくださいました。だから、今ますたーと出会えたことが幸運なのです』

「…………」


 その言葉の意味は、クリューには分からなかった。


「……メンテナンス、しない方が良かったか?」

『いえ。お気遣い感謝しますが不要です。ワタシはますたーのお役に立つ為のロボットでしかありません』


 サスリカはぱっとクリューから離れた。自分はロボットだ。マスターは頼るものではなく支えるもの。


『もうこれっきりにします。さあ、街から荷車が到着したようです。解体を続けましょう』

「……ああ」


 離れた時にはもう、涙は止まっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る