第36話 リディの話
「あたし、貧民街からこの屋敷に引き取られたの」
「……」
クリューは、サスリカのメンテナンスの為に別室へ向かった。現代に1万年前の機械の規格に合う工具は無かったが、代用や代案があるらしい。彼は銃の他に、機械人形についても詳しくならなければならない。これから忙しくなるだろう。
そしてオルヴァリオは、リディの寝室に招かれていた。彼も帰ってきた際にハッシュと会ったらしい。その際やはり、嫌味を言われたとか。リディは彼に、悩みを打ち明けようと思ったのだ。
「それが10年前。思えば『グレイシア』発見と同じ時期ね。両親が病死してさ迷っていた所を、あのおやじに見付かった。死んだ妻の、生き写しだとか言って。人攫いのようにあたしを屋敷に連れ帰って、あれこれと綺麗な洋服を着させられて、たらふく高級料理を食べさせられた」
貧民街。オルヴァリオからすれば馴染みが無い、知識でのみ知っている場所だった。彼女がどんな生活をしてきたのか想像もできない。
「あのおやじ、この10年であたしを一度も『娘』とは呼ばなかった。メイド達も、『お嬢様』とは。あいつ、あたしを『養子』じゃなくて『妻』にする気なのよ」
「……」
オルヴァリオは黙って聞いている。まずは、リディの話を。彼女の言いたいことを全て聞くつもりだった。
「それはすぐに気付いたけど、それでもあたしは。……ここから逃げて、また貧民街に戻る勇気は無かった。あそこは人の暮らす場所じゃない。誰も助けてくれないから、すぐに悪い奴に捕まっていたと思う。『救ってくれた』と言えば、確かにあたしはあそこから救われた。けど」
リディはベッドの上で膝を抱えている。本当は、ここへ帰るつもりは無かったのだろう。だがエフィリスとの連絡用に、拠点は決めておかなければならない。それに、私情で仲間に迷惑を掛けられない。そう思ったのだろう。武器を揃えるにしても、やはりここに一度来なければならなかった。
「……半端に感謝してるから、いつまで経っても本気で逃げ出せないのね。コレクションしたトレジャーを放っておけないし。なんだかんだ、『贅沢』は精神の薬なのよ。麻薬レベルに」
「……なるほど」
「ルクシルアの法律じゃ、結婚は20歳から。だからあと2年。……それまでに逃げ切れなければあたしは、自分より年上の息子の居る、中年おやじに嫁がされる。トレジャーハンターもコレクターも辞めないといけない。『ネヴァン商会』だって追えなくなる」
「…………」
リディの頭の中と、心の中は。ぐちゃぐちゃなのだ。どうすれば良いか自分で分かっていない。コレクターとして実力があるから逃げ出せる筈だが、屋敷に対して一定の『義理』を持ってしまっている。つまり最悪は、『結婚』すら『仕方ない』と思っているのだろう。命を助けて貰ったのだから。
「リディは、どうしたいんだ」
「……分かんない」
本人の気持ちを整理させる。オルヴァリオはそう考えた。彼女の出した答えに、協力しようと。それがチームの解散に繋がるとしても。
「結婚したいのか」
「……したく、ないよ」
「コレクター、続けたいだろ」
「うん……。もっと自由に、世界を見て回りたい。貧民街に居た頃から思ってた。パパとママの、夢だから」
「……」
オルヴァリオは、自分の、先程の状況と重ねた。あの剣だ。リディは今、『タダで』剣を貰っている状況なのだ。だから『土壇場で迷って』しまっている。
岡目八目。同じことをすれば良いと考えた。
「『返せば』良い」
「えっ?」
言葉の意味が分からなかったリディは、顔を上げてオルヴァリオを見た。
彼は真剣な眼差しで、彼女を見詰めていた。
「10年で、どれだけ『施された』か分かるか?」
「……えっと……。10億、くらいかな。生活費や衣服も高いけど、家庭教師が一番高い筈」
「それ、返そう。今なら稼げるだろ。2年で」
「!」
リディは成長した。賢く、強く、逞しく。たったひとりで、冒険を行えるほどに。それは、オルヴァリオの目にも確かに映っている。
「耳を揃えて返して。なんなら色も付けて。それで家を出よう。後腐れ無いだろ?」
「…………!」
目から鱗が出た気分だった。リディの頭の中の暗雲が、晴れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます