夢と器と歴史と

 生誕祭の後、父様から、これから三人が私の師匠になると聞いた。そして、「例え表面上は優しくても、彼らはお前の身体の中にある自分の魔力の為に、いずれ華耀の命を狙うかもしれないから気を付けなさい」とも言われた。


 そうして魔法を教わる為に、師匠三人に生誕祭以来初めて会った時、私は父様の言葉を思い出し、ひどく緊張した。


 そんな私に、唯一の男性魔導師であるファウストは色々な事をとても分かりやすく教えてくれた。


「並の能力の魔法使いを魔術師と呼び、優秀な者を魔導師と呼ぶ。そして我ら三人や、お前の父の側近であるリカルドの様に、街一つ滅ぼす事も出来る程強大な力を持つ魔法使いを、大魔導師と呼ぶ。大魔導師は、この大陸の中でも両手の指で収まる程しか居ない。


 その内の三人が師匠になったお前は、きっとこれから先世界中から注目される。その事は胸に刻んでおくのだ。


 その事がお前の行動指針――つまり、どうすれば良いのか迷った時に、判断する為の基準になる筈だ。


 さて、今のお前の状況だが、良いか。


 魔導師一人辺りの魔力を、コップ一杯と仮定すると、我らの魔力は一人当たりコップ五杯分はある。そしてその全て、つまりコップ十五杯分が、今お前の小さな身体を蝕んで……傷つけている。


 リカルドから聞いたかもしれんが、お前の身体には我ら三人からの加護がついている。我からは優れた記憶力、そしてパメラからは溢れ出るオーラ、ヴァネッサからは頑強な身体だ。リカルドからも何か加護を与えてもらっただろう?」


「はい、ええと、すぐれた身体のうりょく、です」


「うむ。その内ヴァネッサの加護である頑強な身体が、お前の体内で暴れまわっている我らの魔力からのダメージを抑えている状態だ。抑えているだけで、決して無傷では無い。早急になんとかせねばならん。


 それから、加護を過信してはいかん。優れた記憶力は、何かを記憶しようと努力すればそれを手助けする。だが、お前が何も覚えようとしなければそれまでだ。


 溢れ出るオーラもそう、お前が自信を持てば発揮されるが、消極的であれば目立つ事は無い。


 頑強な身体は怪我がしにくく、治りも早いが自身で身体を鍛えない限りその効果も薄い。


 リカルドの優れた身体能力もそうだろう。お前が常日頃から運動をしていなければ、障害物一つ乗り越える事は出来ない。


 日頃の努力が肝要――、大切だと言う事だ」


「はい、分かりました」


「うむ、素直でよろしい。では本題だが、色々調べた結果、今身体の中にあるコップ十五杯の魔力の内、性別が変わってしまう魔術に使われているのはおよそ十四杯。つまり、お前は今魔導師一人分の魔力だけが自由に使える状態だ。


 普通はそれで十分だが、お前の場合はコップ十五杯の魔力を全て自分で制御出来る様にならねばならない。


 残念ながら我ら三人をもってしてもお前に影響を及ぼしているその魔術を解く方法が分からない。だから、魔力の完全掌握、それが元の性別で自由に生きられる様になる可能性が最も高い方法だと考えている」


「それが出来れば、私は……おししょうさま達にまりょくをお返しすることが出来ますか?」


「……そうかもしれん。だが、その事はまだ考えなくて良い。普通の魔力吸収は、周囲に漂っている魔力を吸収する物なのだ。人の魔力を……魔力だけ一時的にでは無く、器ごと吸収する等と言う事例は聞いた事が無い」


「うつわとは、何でしょうか?」


「うむ。魔力は人の身体とは相容れない。元々、魔族、エルフや妖精と言った人族では無い物が生まれ持つ力だ。


 それを我々の先祖が、そう言った種族との間に子を儲けたり、弟子入りしたり、中には口には出せない方法を試したり……とにかく、人族でも魔力を扱える様になった。そして今では人族の身体も魔力を保持出来る構造になっている。だが、他の種族とは違い、元々受け付けなかった名残なのか、体内に直接宿るのでは無く、器と呼ばれる魔力の入れ物を身体に保持している。


 それの大きさ以上の魔力は持てないし、それを持たざる者は魔法を扱う事は出来ない。


 体力と同じで、使い切ってしまった魔力は時間が経過するにつれて器の容量分迄は回復する。そう言う物だ。


 先程、魔力が身体を傷つけていると言ったが、実際には複数の器が体内にある事によって器同士が衝突してお前の身体にも傷をつけている、そう言う事になるだろうな」


「私が吸収したのは、おししょう様達のまりょくでは無く、うつわその物だった、そう言うことですね。だからおししょう様達はまりょくが回復できない……」


「うむ。そう言う事だ。お前が全ての魔力を制御出来たとして、その上で我らの器をも自由自在に操る事が出来なければ返還はまかりならぬ。それは人族に出来る範疇を超えていると我は思うがな……今は気にしなくとも良い事だ」


「さっきから聞いてりゃ、爺が何をのたまってるんだ。まさか本当に師弟愛とやらが芽生えたってのかい? あんたが良くともあたしはさっさと器を返してもらわなきゃ困るんだ。あんたがやらなくても、あたしがいずれやるよ、”口には出せない方法”をね」


「パメラ、何もそんなに急がなくても。器が手元に無いからと言って、そうすぐに年老いると決まった訳じゃ無いでしょう。この子が制御出来ないと言う事は、所有権は私達にあって、魔法が使えずとも老化は止まったままかもしれない」


「それはあんたがブスだから言える事さ! あんたみたいなブスなら老いても変わんないかもしれないけどね、私みたいな美人が年老いる事、それは許されない事なんだよ」


「嫌ね、確かに私は貴方より少し見劣りするかもしれないけれど、貴方みたいに性格ブスでは無いつもりよ。それに、私はまだまだ若いから多少老化した所で気にならないわ、若作りのおば様と違って」


「おい、我らにとってこの子の寿命程度、気にする程の年数でも無いだろうに、今からそんなにかっかしててどうする」


「器が取り戻せなきゃこの子の寿命だって延びちまうよ! 三人分だったら軽く千年は生きるだろうさ。これのどこが落ち着いていられる状況だってんだい、え?」


 言い合いになってしまった三人から、改めて己がしでかした事の重大さを悟った私は……。



   §-§-§



「夢か……」


 随分とまた昔の夢を見た物である。確かに今の状況に丁度良い夢ではあった。だが、この夢だけでは無く、生誕祭の悪夢から通しで見てしまったが為に背中が汗まみれになり、気持ち悪さで目が覚めた。


 華耀は唸った。カーテンの隙間から覗く月明りからして今はまだ夜中。これから風呂で身を清めたとしても、日の始まりとしては早過ぎる。


 あんな夢を見てしまったからにはもうどうせ寝られない。そう考えた華耀は、部屋着の上に軽くカーディガンを羽織り、少し散歩をする事にした。


 今夜は満月だ。満月の日は否応無しに魔力が全て吸収され、華耀へと戻る。魔力を枯渇した時と違い、翌朝になれば元通りエレノアに戻るが、不便なのには変わりは無い。


 魔力と言うよりも、器が一時的に身体から引き離されている、と言う事なのだろう。昔から月には引力があるとされている。


 華耀だけでは無い。人族の者は皆満月の夜だけは魔力を失う。魔力を失った状態でも皆は性別が変わらない、違いはそれだけだ。


 ――器、か……。この十年、師匠達の魔力を少しでも身体に受け入れられる様になる為に努力し続けていたが、器の存在を深く考える事は無かったな。なるほど、優れた記憶力があっても、それを引き出す方の能力を鍛えなければ宝の持ち腐れ。まさに師匠の言った通りになってしまった。

 しかし、器があるのに魔力吸収で傷がつくと言うのは、一体どういう理屈だろうか。

 師匠曰く、器同士が傷付け合うとは言っていたが、それはあくまでも複数の器を保持してしまった華耀の事情である。

 あの書籍を書いた学生も、自分の様な特殊な事情を抱えているとは思えない。つまり、器が一つだとしても身体を傷付けると言う事だろう。

 例えば、器の存在を意識せずに吸収した場合、器の外に吸収されるとか。

 或いは、器そのものが存在しないとか。

 本来人族は器に見合った魔力量が自然と回復するらしいが、そもそも、私の様に人の器を吸収してしまい、大半の魔力を勝手に性転換魔術に持っていかれる、なんて特種な事情が無い限り、魔力吸収適性は、魔術を使う時に使う分だけ都度吸収するスタイルの筈。器を必要とはしないんじゃないのか。

 エルフや精霊、魔族の生態が分からないから何とも言えないが、師匠の言い方からすると彼らの身体には器なんて物は無い。身体中に魔力が張り巡らされ、常にみなぎっている……とかなのか、都度吸収しているのかは不明だが……。

 とにかく、先祖の中でそう言った種族と子を儲けた人族が居て、隔世遺伝で魔力吸収を持つ者が産まれるのだとしたら……。


「それなれば書籍の記述と器の関係性、そして吸収適性持ちの少なさに辻褄が合う……。


 器を持たず、他種族の様に吸収する。だが、人族の身体は魔力を受け付け無い。故に体内に入れてしまえば傷付ける……そういう事か?


 こうしては居られないな、今のはあくまで私の妄想。他種族がどの様にして魔力を得ているのか、裏付けを取る為にも調べなければ」


 真夜中の散歩を早々に切り上げ、図書館へと足を向ける。



   §-§-§



 ――彼女は一体いつ休んでるんだ?


 真夜中の図書館でアルテミスを見かけた華耀は、そんな感想を抱いた。


 目当ての本棚はまだ先だが、アルテミスを見かけた事で意図せず立ち止まってしまった華耀に、アルテミスの方が気付き、声を掛ける。


「あら、珍しいですね、夜中とは言え平日のど真ん中に華耀さんが居るなんて……」


「ああ、中途半端な時間に目が覚めてしまったからな……いや、その口振りじゃまるで私の予定を把握している様に聞こえるが」


「ふふ、冗談です。でもニーナさんは私の予定を把握してるでしょう?」


 つまりは予定を把握していても責めるな、と言う事だろうか。他の人ならいざ知らず、華耀としては笑えない話である。何せ座学はエレノアとしてばかり取っていて、華耀としては実技系統以外顔を出していない。もしも華耀が実技の特待枠だったとしても、流石に今期三科目しか取っていないのは不自然極まり無い。


 座学の一つや二つ、出席して然るべきなのである。


「まあ、取った座学は出席を取らない物ばかりだからな。大丈夫、勉強はしてるから単位は落とさないさ」


 と誤魔化してみるが果たしていつまで通じるだろうか。アルテミスは何かを察している様な気もする。彼女は人付き合いが苦手なだけで、とても聡い。むしろ人に対する観察眼は常人の何倍も鋭い気がする。それ故に人付き合いを拒むのだろうが。


 そもそも、先週末ほぼ初めて話したような仲で、その後は挨拶をしてくれる程度には慣れてくれたとは言え、興味のある事柄以外は未だに言葉に詰まる状態。そんなアルテミスが詰まらずに華耀に話し掛けてきたと言う事は、冗談でも何でも無く、本当に興味を持って華耀の予定を調べたと考えるのが自然だ。


 魔力吸収適性が珍しくて興味を持った、或いは華耀の好意に気付いた、そう言う理由なら良いのだが――後者は華耀の心理的には良くないのだが――、アルテミスの興味がエレノアにも向いている事は最近の昼食で薄々感じている。つまり、そう言う事な華耀とエレノアが同一人物だと疑っているのだろう。


 挨拶もそこそこにアルテミスから離れ、当たりを付けていた種族学の本棚へと向かう。


 そこで魔族・エルフ・精霊と言った類の、魔力を持つ種族の書籍の目次にざっと目を通し、目的の記述がありそうな物だけを片っ端から選び取り、華耀は閲覧テーブルへと移動する。


 重ねた順に書籍を読みながら、散歩から直行したが故に筆記用具を持ってきていない事に思い当たったが、とりあえず、今日は魔力を何処に保持しているのかが判れば良いと割り切り、読書を続ける。


 没頭する事暫し。突然手元が暗くなり、背後を振り返るとアルテミスが立っていた。


「ごめんなさい、邪魔するつもりは無かったんですけど、私はそろそろ切り上げるから挨拶をと思って。声を掛けても気付かない位集中してたから、何を調べているのか気になってしまいました」


「ん、悪い。全然気付かなかったな……。今調べているのは魔力を持つ種族の、魔力の保持方法」


「魔力の保持方法?」


 首をかしげるアルテミスに、先ほどの夢や散歩で閃いた仮説を披露する。


「人族には器があって他の種族には無い……そんな話、聞いた事も無かったです。華耀君の師匠はとても博識なんですね」


「これは定説じゃないのか? 悪い、他の科目はともかく、魔法関連は師匠が居たから改めて自分で調べた事は無かった。もしかすると師匠が間違ってる可能性は高いかもしれないけど……まあせっかく調べ始めたからこの仮説を辿ってみるよ」


「そうですね、もしも魔力を体内に保持せず、吸収する種族が居るのなら、私も今の話は辻褄が合うと思います。


 器があるかどうかは分からないけれど、確かに歴史学の観点から見れば、人族が魔法を使い始めたのはごく最近の話。だから他種族から……色んな方法で伝授された可能性は大いにあると思います」


「博識のアルテミスにそう言ってもらえれば心強いな。それで、とりあえず精霊分は調べたけど彼らは魔力を持つと言うよりも自然と一体化してるから魔法と言う概念自体持っていないみたいだ。


 自身が炎の精霊であれば炎を扱えるのは当たり前、水の精霊であれば水を扱えるのは当たり前。魔力云々とは次元が違うらしい。


 ここにある分はあとエルフ族と魔族の分。他にも魔法が使えると言われてる種族はあるが、今日は有名どころのこの辺りを調べたら切り上げようかと思ってる」


「じゃあ私がエルフ族の書籍に目を通すので、華耀君は魔族を読んで下さい。流石にここにある分全てを読んでそのまま授業に挑むのは……。手分けして作業して、授業前に一旦仮眠を取った方が良いですよ」


「そうか、助かる。……だが、アルテミスも知っての通り、私は昼間授業に出ていないから問題無い」


 冷や汗が背中を伝うのを感じながらも、華耀は務めて冷静に応じた。


「あら? ……ふふ、エレノアさんと間違ってしまいました。二人の雰囲気が似てるものだから、つい」


 ――私とエレノアが同一人物だとほぼ確信を持った上で鎌をかけている? 確信を得る何かがあったと言うのか……予想以上に彼女は油断ならないな……。アルテミスとの会話は、例え世間話であろうともおざなりに対応は出来ない。


 内心では焦りながらも、アルテミスへとエルフ族の書籍を一通り手渡し、華耀は魔族の書籍へと向き直る。


 窓の外の気色が白み始め、灯りが必要では無くなり始めた頃、図書館の大時計が五の鐘を突いた。


「一応一通り目を通してみましたが……。エルフは違うと思います。流石魔力に愛された種族と言われるだけあって、身体中に魔力が行き渡っているみたい。


 吸収とは別物です。それにしても、もうあと一時間も経たずに日の出だなんて……、時間が経つのはあっという間ですね。華耀君の方はどうですか?」


「こっちも丁度確認し終わった所だ。はっきりとは書いていないが、”周囲の力を己の物にして”と言う記述をそのまま受け取るならば、周囲の魔力を吸収していると判断出来るだろう。


 エルフとの人族のハーフである、ハーフエルフはまぁまぁ聞くが、魔族はどうしても粗暴さから魔物を連想してしまうが故に忌み嫌われていて、ハーフの話はまず聞かない。吸収適性を持つ人間が少ないのはその所為なんじゃないだろうか」


「確かにハーフエルフは異種族の中では多い方だけれども、魔族とのハーフは聞いた事がありませんね。エルフと違って耳が尖っている等の身体的特徴は魔族には特に無い筈ですし、もしハーフが存在していたとしても、黙って人族の生活圏で生活をしていれば迫害を受けずに済むからわざわざ申告しない……一理あります。


 魔法適性があれば長寿は割と普通の事だし、魔族特有の破壊衝動さえ無ければ、普通に馴染んでいてもおかしくありません。そう考えれば、吸収適性持ちは先祖の誰かが魔族だった、と考えるのが妥当かも。


 そう言う意味で言えば華耀君は眉目秀麗だし、魔族の血が入っていると言われても納得が行きますね」



   §-§-§



 当初の疑問も解消した事で、時間も時間の為二人は解散した。


 時間を忘れてアルテミスと調べ物に没頭していたが、満月の夜に華耀へと戻った身体は、翌日の日の出と共にエレノアへと変貌してしまう。急いで個室に戻らねばならなかった。


 「魔族か……」


  無事に個室へと辿り着いた華耀は、ベッドに寝転がりながら独りごちた。


 人族に忌み嫌われる魔族だが、華耀自身はその様な負の感情を抱いた事は無かった。実際にこの目でその破壊衝動を見た訳では無いから言えるのかもしれない。


 だが、城でこの世界の歴史を学んだ時、魔族よりも人族の方が余程残酷で非道に感じた。それ故に魔族に思う所が無いのかもしれないと思っていた。


 この世界には数多の神が存在する。そしてそれらの神は天上に住み、地上の民と接する事は滅多に無い。だが、魔物に関する事だけは別で、彼らは土地を食い荒らして緑一つ生えぬ不毛の地にしてしまい、この世界に悪影響を与える。故に神々からもその存在は認められず、増えすぎれば時折天から光の柱が現れ、柱の周囲一帯の魔物が浄化される。そうして浄化された土地は再び数十年後には緑が生える豊かな地へと戻っていく。


 神々と魔物の関係性や、この世界は神々が作り上げた物だとされているのに、どうして魔物が存在するのか等、未だに議論が絶えないが、これだけははっきりしている。魔族は魔物と違い、神々に排される存在では無いと言う事である。


 神が認めた存在をどうして迫害する必要があるのだろうか。


 だがそれでも人族やエルフ族が魔族を忌み嫌うのは、ひとえにその気性の荒さに他ならない。


 その昔、世界の覇権をどの種族が握るか揉めた時、武術、魔術共に強い魔族と、魔術に秀で、長命故に博識なエルフ族、そして個々の能力は低いものの、強欲で繁殖率が高い人族が三つ巴の戦いを起こしていた。


 やがて繁殖率の高さ故に他種族が数で押し負け、更には強欲故に本来は持つ筈の無かった魔力さえも手に入れた人族がこの世界の覇権を握った時、自然を愛するエルフ族は人族の目の届かない場所に安住の地を求め、姿を消した。


 精霊はエルフ族に手を貸していたが、そもそもが他の種族と違い、特別な眼を持つ者にしか見えず、その為に人族にほとんど存在を知られていなかった事。加えてエルフ族が彼らを守る為に決して口を割らなかった事により事なきを得た。


 魔族はその強さと気性の荒さ故に人族が覇権を握った後も猛反発していたが、同族同士の結束が皆無だった為にそのほとんどが人族に捕らえられた。


 戦いが収束した事で世界は平和になるかと思われたが、人族の強欲さは留まる事を知らず、今度は人族の中で覇権争いが起こった。そうして様々な人族の国が興った時、魔族は傭兵として大変重宝された。


 しかし時が経ち、次第に弱小国家が淘汰され、いくつかの大国のみが残った頃、短命故に恩を忘れ、その力の強大さ、そしてそれを抑えようともせずに暴れ回る気性の荒さから、人族は次第に魔族を迫害し始めた。


 エルフ族は人族を強欲、魔族を野蛮と呼び、元から毛嫌いしていた。長命故に未だ戦争時代を生きてきた者が世代交代しておらず、その傾向に変わりは無い。


 こうした歴史的背景を考えれば、確かに魔族は血の気が多いかもしれないが、果たしてそれを責める事が出来るだろうか。むしろ、数の多さ故に太刀打ちが出来なかっただけで、人族こそが迫害されて然るべきなのでは無いだろうか。


 華耀はずっとその様な疑問を抱いてきた。


 だがもしも華耀に魔族の血が流れているのならば。


 それは、華耀の思考故の疑問では無く、本能的に同族を憐れんでの事だったのだろうか。


 ぼんやりと、そんな事を考えながら、華耀はゆっくりと忍び寄る眠気に、意識を手放した。

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