手紙
「エレノアと華耀君って会った事あったっけ?」
ニーナの何気ない一言に、エレノアとして同席していた華耀は内心冷や汗をかいた。いつか来るだろうと思っていた質問であったが、いざ聞かれるとどうしたものかと思う。一応色々
いくら髪を巻いた所で雰囲気や顔立ちが似ている事は皆気付いている筈である。であればたまたま科目が合わなくて会った事が無いのだとしらを切るよりも、親族ではあるが理由があって顔を合わせないのだと言った方が信憑性はあるだろう。
全てを説明すれば胡散臭く聞こえる。困った表情で彼の話はしないで欲しいと伝えれば勝手に解釈してくれる筈。そう思い、精一杯表情を作っている所へと、声がかかった。
「エレノア」
アメリーの息子ヨハネスである。
「あら、ヨハネス。お久し振りです。今日はどうされましたか?」
目上の物に対する呼び方では無いが、トレヴィルに至る道で御互い呼び捨てで良いと言う話で纏まってしまったのだから仕方が無い。
そしてこの問いが迂闊だった事に気付いた時には後の祭りであった。
「うん、先日の件で母から、エレノアと華耀宛に手紙が届いたんだけど、結局あの後、華耀君とは会えたけどエレノアとは会えなかったからお礼も兼ねて直接手渡ししたいと思って……迷惑だったかな?」
――今で無ければ別に迷惑なんて事は無かったんだ、今で無ければ。……ヨハネスの余計な一言の所為で、仲違いしてるからわざと会っていない、とは持っていけなくなってしまった。
「そうですか、わざわざ御気遣いありがとうございます。迷惑だなんて、とんでもありません。手紙、ありがとうございます。華耀の方には私から伝えておきます」
「うん、分かった。それじゃあまたどこかで会ったら気軽に声を掛けて。母が言ってた、色々手配するって言う話もいつでも大歓迎だから。勿論、母と直接やり取りしてもらっても構わないしね」
そう言うと、ヨハネスは食堂から姿を消す迄何度も振り返っては手を振っていた。実に律儀な先輩である。
「今の人、よっぽどエレノアと話したかったんだね」
最後迄見届けてからニーナが口を開く。
「え?」
「え? だってずっと名残惜しそうに手を振っていたじゃない」
華耀は心底その言葉に驚いた。なるほど、ただ礼儀正しいだけでも第三者から見れば名残惜しんでいる様に見えるらしい。
誤解だとは思ったが、わざわざ否定するのも逆に冷やかされるかもしれない。そう思い、華耀は軽く微笑んでから「そうなんだ、気付かなかった」と軽く流した。
「ごめん、ちょっと手紙読まないと行けないから先に戻るね」
そう一言残すと華耀は席を立った。体良くニーナの最初の質問から逃げた形ではあるが、手紙を読まなければならないのは嘘では無い。
次に会った時迄わざわざ同じ質問をして来ないだろうと考え、食堂から出た瞬間、半ば無意識に華耀は胸を撫で下ろした。
§-§-§
エレノア用の自室に戻ると、華耀は早速手紙を開いた。
先日の礼が丁寧に綴られた後、本題が二つ記載してあった。
一つ、ヴィクトール・アダルベルトの獄中死。
二つ、引き継いだ本家の屋敷から、裏帳簿と隠された日記が出てきた事。それによると、ザシャは毎月一定額を誰かに送付していた。
また、その額はごく稀に増額してあり、日記と照らし合わせて調べた所、増額した月には何らかの違法行為を行っていた。
つまり、やはり裏で金を受け取り、その見返りにアダルベルト家の違法行為を揉み消していた何者かが居たと言う事である。
ヴィクトールの獄中死は、相手が誰かを知っている為に口封じに殺された可能性が高い。
手紙の最後には、送金相手を引き続き調査すると記載してあるが、命の危険がある事に気付かぬアメリーでは無いだろう。分かった上で調べると言っている筈だ。
華耀はすぐ様手紙の内容を二通複写し、ドミニクとアシュレイへと送付した。
彼等であれば、引き続き金の流れを調べつつ、アメリーを気に掛ける程度の事はしてくれる筈。ドミニクはこの地のギルドマスターに就任した為、余り王都の件に関わる事は無いだろうが、華耀の御目付け役の様な物なので、基本的に知り得た情報は全て渡している。
気掛かりではあるが、今華耀に出来る事は何も無い。後ろ髪を引かれる思いを感じながら、次の講義へと向かう事にした。
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