第3章2話 エンカウンター
石造りの巨大な洋館。建物は横に長く、2階建て。一軒家が何軒もすっぽり収まるほどの大きさだ。
“貴族の屋敷”といったイメージを沸き起こさせる豪奢な作りでありながら、決して悪趣味さを感じさせない荘厳さを兼ね備えている。
そんな建物に、祐希は「やー、久しぶり!」なんて呟きながら歩いて行く。一方、小市民の俺は彼女の後ろを恐る恐るついていく。ここであってるんだよな?入っていったら知らない人がいて追い出されたりしないよな?
……いいや。オドオドするのは俺のキャラじゃない。
「場所は合ってるはず。祐希が言うんだから間違いない。豪邸なのはいいことだ。そしてここは異世界。誰もが一度は憧れる場所だ。ならテンションは——」
「——よーし行こう第一民家発見探索開始!」
取っ手に手をかけ、勢いよくドアを——
開いた。勝手に開いた。知らない人が出てきた。
俺の手はドアの取っ手を握りしめたまま。そして俺の口は馬鹿なことを口走った直後。
「えっと……どちらさまでしょう……?」
思考がフリーズした。
「……」
「えっと……?」
「また馬鹿なことやって」
祐希が俺の肩越しにひょいと顔を出す。やっとフリーズが解けた。
「……俺はそんなに普段から馬鹿なことしてないと思うんだけど?寧ろ今日色々やらかしてんのはお前だ」
そんな俺をよそに話は進む。相変わらずのスルースキル。
「朝日様でしたか。おかえりなさいませ。ではこちらの方は以前仰っていた方ですね」
「ああ、俺は夜桜潤。えっと、これからよろしくな」
彼女に対して、調停者あたりの事情はどこまで話していいのかわからないので、取り敢えず挨拶は無難に済ませておく。
「はい。私はピトスといいます。よろしくお願いします」
俺の自己紹介を受けて、ピトスは柔らかい微笑みを浮かべる。俺と同年代に見えるが、歳のわりに落ち着いている。純粋な常識人枠なんて出会うのはいつぶりだろうか。彼女からはとても安らぐ印象を受ける。俺のまわりイロモノだらけだもんな。俺以外みんなおかしい。
そんなこんなで第一エンカウントは無事終了。
広間を通って階段を上ると談話スペースになっていて、開けた空間にソファとテーブルが置かれている。
左右に伸びる廊下にはどちらも居室が並んでいる。好きな部屋を選んでいいということだったので、右側の廊下の一番手前、屋敷の正面側に窓のついた部屋を選ぶことにした。
因みに祐希は廊下を後ろに回り込んだ場所にある他より大きな部屋を、ピトスは右側の廊下の屋敷正面側、俺と丁度対象の位置にある部屋を使っているそうだ。
流石に部屋もかなり広い。ダブルサイズのベッドに、机やクローゼット。一通りの家具は揃っている。その上、今の今まで使っていなかった部屋にも関わらず、隅々まで手入れが行き届いている。ツルツルに磨き上げられた床にはチリ一つ落ちていないし、ベッドは完璧に整えられている。屋敷の清掃はピトスが担当しているのか、他にメイドや執事がいるのか。
完璧に整えられベッドを前に、コンマ1秒ほどの躊躇を破り去って思い切りダイブ。
「おひさまの香りがする!」
この匂いは本当はダニの死が——それはダメだ。やめろ、マジでやめろ。
今日1日の出来事に比べたらどれだけ平和な葛藤だろう。靴も脱がず、至福の時間を噛み締める。もうこのまま寝てしまいたい。
ゴロンと転がって仰向けになる。ピトスがいた。笑っている。それはもうニッコリと。
——ドア閉め忘れてた。
「もうすぐお風呂が沸きますけど、どうします?」
一段階下げた軽めの敬語。変に畏まられるよりも接しやすくて良い。
「あー、お風呂いただくよ。先に入っちゃっていいのか?」
居候 3杯目には そっと出し、というやつだ。色々と気を遣ってしまう。
「はい、朝日様からもそうするようにと伝言を預かっているので」
そういうことならさっさと入ってしまおう。ホテルでいくらか体は休めたもの、正直かなり気疲れが残っている。今は何より、早く汗を洗い流して眠ってしまいたい。
ピトスから浴場の場所を教えてもらい、特に準備もないのですぐに向かった。
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