幕間-5 最悪の星のもとに
痛かった。
どこが痛いのかも分からない激痛。全身が。意識が。夜桜潤という概念が全て、痛みに塗りつぶされていた。
それは、即死というものだったのかもしれない。
即死と聞けば、大抵の人は痛みのない死だと捉えるだろう。せめてもの救いだったのだと捉えることもあるだろう。
或いはそうなのかもしれない。けれど彼にその安寧は与えられない。
死とは、そのような生ぬるいものでは無いのだ。
刹那にも満たぬ一瞬。死にゆく人間に、時間という概念はどう転んでも苦痛でしかあり得なかった。
「痛い」という言葉を浮かべる余裕さえ無い程に。
あ
. ❇︎ .
覚醒は唐突だった。水面を突き破るように突然。なんの脈絡もあるはずが無く。
「——っ!——、——」
水面を突き破って貪るように息を吸う。吐き気がする。脂汗が浮かぶ。息を吸っているのか吐いているのか分からない。意味もわからずむせかえる。
——死んだ。死んだのだ。間違いなく。生存の余地も無く。
なら、ここは
苦しみに見開いていた目を周囲に向ける。ここは——
道端。横たわる俺の背後には湾曲したコンクリートの壁。死ぬ前と、全く同じ場所。
違うのは低くなった陽の高さと、隣に潮崎はいないという事。
「死んで、ない?」
起き上がった体は透けてなどいない。空腹でお腹が鳴る。
状況が分からない。あの苦痛はなんだったのか。潮崎はどうなったのか。どうして俺はここに置き去りにされているのか。何より、
わけがわからない。わかるとも思えない。早々に思考を放棄した。
「生きてるんなら今考えるべき事はこれじゃない……!」
この際理由はいい。今大事なのは結果のみ。潮崎と話していた俺は、原因不明の激痛の末、少なくとも意識を失った。目が覚めれば潮崎は居らず、俺自身は置き去りにされていた。
状況は不自然に過ぎる。
仮に激痛の正体がなんらかの病気、或いは事故など、偶発的なものだと考えた場合、潮崎だけが去り、俺がこの場に残されている理由はわからない。
激痛が誰がしかの襲撃によるものだった場合、標的は俺か潮崎、どちらだったのか。潮崎であれば、俺がいるタイミングで襲わずとも、彼女が1人になるタイミングはあっただろう。俺の場合も同様に、潮崎が飲み物を買いに行ったタイミングがある。
そのことを考慮に入れずに考えれば、犯人の目的は潮崎の誘拐だろうか。邪魔な俺を無力化し、潮崎を連れ去った。考えられない可能性でも無い。
場合によっては、誘拐の事実を身代金を要求する対象に伝えさせるため、わざと俺のいるタイミングを狙った可能性だって考えられる。——その場合、犯人は何がしかメッセージを残しているかもしれない。
足元を確認するため立ち上がると、ジャケットのポケットにごく僅かな違和感を感じた。気を失う前は何も入っていなかったはずのポケットを探ると、何やら硬い感触が手に伝わる。
取り出してみると、水色のカバーがつけられたスマホだった。状況とカバーの柄が女性向けのものだったことから、俺のものでは無いだろう。……もしそうだったらどう考えていいかわからないが。ともかく、おそらくは潮崎のスマホだろう。
潮崎のスマホが俺のポケットにある。それは取りも直さず、彼女の身に何かが起こっていることの証明といえるだろう。
焦燥を抑えながらポケットに再度手を突っ込み、小さな紙切れを取り出す。目印のつけられた地図と共に、脅し文句が印刷されていた。
—— ——
—— 《デミゴッド》と共に所定の位置へ ——
—— 怪しい動きを見せれば彼女の身の保証はしない ——
—— 6時30分がタイムリミット ——
—— ——
——ロック画面に浮かぶ時計は、6時を指していた。
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