大国一番の騎士は大好きな人の笑顔が見たい
ティー
第1話 思い出は美しい
私―――アーノルド・ウィルガルドは騎士である。近衛騎士団長の立場を有り難くも頂戴しているが、嬉しくないところは激務な挙げ句なかなか休みが取れないことだ。そんなことわかりきっていて騎士に憧れ今日まで自国の為にと働いてきた。そんな私は父―――ドレイド・ウィルガルドの発言に耳を疑った。
「ノルド。お前の結婚が決まった」
「……は?」
「なんだその間抜けな面は……いやいい。凄むな、洒落にならん」
洒落にならないとは実の息子に対してかなり厳しい一言だ。確かに騎士にしては強面―――実際には極悪非道な面構え―――だと評価されているがただ単に表情筋を引き締めただけだ。凄むなど人聞きの悪い。
落ち着きを取り戻す為にテーブルに置かれていたコップの水を口に含む。思いの外喉が渇いていたらしい。あっという間にコップの中身は空となった。まだ飲みたい気持ちを汲んでか執事のルクシムが追加の水を注いでくれる。本当に出来た執事だ。有り難く新たな水で喉を湿らせ父に質問をする。
「あああ相手は!!」
おや。なんとも間抜けな声が出たものだ。噛みまくるとは動揺の現れではないか。グイッと残りの水を胃へと流しこむ。次の瞬間盛大にむせた。
「ゴホッ!!! ゴホッゴホゴホ!」
「……ノルド相変わらず顔に似合わず小心者だな」
失敬な! 誰でも自分が結婚するとなれば大なり小なり動揺するだろうに。顔が少し人より印象深く一度見たら忘れられない―――二度と会いたくない―――と言われているこの私でさえ自身の結婚話しには少からず動揺する。ええ、それは動揺するとも。何杯目になるかわからない水を胃へと消化するくらいの勢いで。
「父上。ノルドもまだ24歳です。いくら近衛騎士団長だからといって若輩者ですから、自分の結婚に驚いてしまうものなんですよ」
兄上!! さすが私の味方だと心の中で称賛する。ファルム・ウィルガルド―――ウィルガルド家長男にして次期当主である。物腰は柔らかく人を不快にさせるような言動や言葉を発しない人だ。見てくれもどこぞの王子か!? と思わせるくらい容姿も整っている。金髪碧眼なのも王子説に拍車をかける要因だ。ウィルガルド家は侯爵家なので貴族階級は上ではあるが王族ではない。実際第2王子の近衛騎士をさせていただいている立場からすると王族の容姿は本当に整っている。兄が加わっても遠い血縁で通ってしまう程に。
「そういうものか。なるほど……すまなかったな、ノルド。お前にまさか縁談が舞い込んでくるなんて思わなくてな」
「待って下さい。それはそれで酷くないですか?」
「む? ああ、そのすまん」
「もう一度謝られる方がかえって辛いです! 止めて下さい!」
「いやだって、なー? あのノルドが結婚とは世も末だなと思ったら感慨深くもなるものだな、と」
おい! いくら身内だからって、言って良いこととそうじゃないこともあるんだぞ。内心毒づくが言われ慣れてるから何も思わないし父がこの手の話しをネタにするのは今に始まったことではないので早々に諦める。
「それでお相手は誰なんです?」
「おお! そうだな。それがだな、聞いて驚け! アイリス・ハルラン―――ハルラン公爵のご息女だ。年もノルドに近く今年21歳だと聞く」
「ハルラン公爵家―――確かにご息女が適齢期の方がいらっしゃいましたよね。良かったねノルド。アイリス様は容姿が整っていて教養も高く社交場でもダンスの相手が事欠かないと有名だよ」
「は、はあ」
「おいおい。煮え切らんやつだな。何か不満でもあるのか?」
「へ? べ、別にないですよ」
「ノルドも思考が追い付いていないのですよ。そう焦らずに」
「そうだな」
二人が話しに盛り上がっている間私は気もそぞろになっていた。父の口から出た名前―――アイリス・ハルラン。その名前が頭から離れず耳に残る。私はあの日―――子供過ぎてもうとっくに忘れ去られてしまっても仕方ないくらい遥か遠い記憶。私は父に連れられとある夜会に参加していた。その日は10歳の誕生日で家でお祝いするはずがどうしても外せない夜会に出る事になり少しむくれていた。
知らない大人知らない子供達、ここに来たくて来たわけではなかったので早々に壁の住人へと成り下がった。父はしきりに「すまない」と告げて挨拶周りに行ってしまった。こうなってしまっては手持ち無沙汰なのはわかりきっていたので早く時間が経たないかなとボーっと過ぎ行く光景を眺めていた。そこへ急に声をかけられることとなる。
「どうしたの? 踊らないの?」
そう。これが彼女との出会い。アイリス・ハルランは私の憂鬱を吹きとばしてくれた。踊りたくないなら一緒にご飯でも食べようと並べられた食事を給仕に配膳してもらい「これ美味しいね」と二人で食べた。その後父の挨拶周りなどが終わり帰り支度をしている時、彼女に話しかけると花のような笑顔を向けてくれた。それが嬉しくてバカみたいに宣言した。
「大きくなったら迎えに行くよ」
そんな子供染みた言葉を囁くと彼女はクスリと笑い、内緒よとはにかんだ。
「私ね、物語に出てくるような勇敢な騎士様が大好きなの。だから大きくなったら迎えに来てね」
「うん!」
それから彼女とは一度も会っていない。夜会に出席するのも私自身が断るせいで彼女との接触の機会を減らす要因となったのだ。それでも幼い頃の約束を胸に立派な勇敢な騎士になろうと日々鍛錬してきた。齢22歳で騎士団長まで登り詰めたのも12歳から騎士団に入団して己を鍛えてきたから。父が言うように小心者ではあるが彼女の夢を叶えたい。恥じぬ生き方を貫きたいと頑張ってきた報いがやっと今日叶った。
数日後、アイリス・ハルラン公爵令嬢が輿入れの為我が家にやって来た。籍を入れるまでまだ半年はあるがこれも公爵様の配慮なのだろう。貴族は結婚相手を選べない。だけどその分結婚が決まってからは相手方の家に入り花嫁修業なるものを行う。そこで親密な関係を築き政略結婚感を薄める風習がある。
彼女がやって来たと知り居ても立ってもいられなくなった私は、ルクシムの呼びかけに応え意気揚々と玄関ホールへと駆けて行く。そこに立っていたのは幼い頃の記憶よりも大人びた女の子。ブロンズの髪は朝日を浴びてキラキラと輝いている。少し垂れ目な瞳が男心を擽り思わず顔を背けたくなった。まるで天使が舞い降りたのではないかと錯覚してしまうくらい彼女は美しい女性となっていた。
私が一歩、また一歩と踏み出すとこちらに気が付いたのか会釈をし、顔を上げた瞬間目が合う。すると先ほどまでの表情とは打って変わって恐怖の表情へと変化した。何事かと小首を傾げると彼女が悲鳴とも取れる声で叫んだ。
「ば、バケモノ!!」
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